風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

月を見る

一時期、夜中の2時3時くらいに目覚ましをセットして、明け方まで起きているというのが続いた時期があった。小学校高学年くらいから高校に入るくらいまでの数え切れない夜。何をするわけでもなく、ただ寝ながら月を見ていた。

その頃住んでた家の私の部屋は、深夜になると窓の左上に月が現れる。そのまま右方向に明け方までゆっくり進む。ただそれを見ているだけ。

たまに枕もとの世界時計を眺め、今パリはまだ夕方、だとか、タヒチは朝だ、とか。夜に包まれて遠くの朝を思うのが、通り過ぎた夕暮れを思うのが好きだった。その頃の私にとって陽の光は少しばかり押し付けがましく凶暴で、反対に月の光はひたすら冷たくひそやかで心落ち着くものだった。

ひんやりとした窓の向こうで三日月は爪で剥がせそうに薄く白く光る。満月はぎゅっと掴んで懸垂の要領で空まで上れそうにきっかりと光る。夜更けの空は濃紺でも群青でもなく墨色に澄んでいる。

その時自分が何を考えていたのか、思っていたのか、今となってはもう何も思い出せないけれど、月の光に照らされ夜に包まれていた安心感は覚えている。

あの静謐な空間は多分もう戻っては来ない。きっとそれでいいのだろう。