風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

記憶の筐

紫陽花、トマト、教室

小学校の花壇には金盞花と名前をしらない小さな紫色の五弁の花がみっしりと植わっていて、その奥には子どもたちが理科の授業で育てているのであろう朝顔とミニトマトの鉢が綺麗に並んでいる。朝顔の水に落としたような淡い青。トマトのペリドットみたいな黄…

侘助の白

侘助の花に託して 黙り込む 空と海 狭間の溶けて 消えるとき *** 侘助の白は清廉。香りも凛として美しい。新潟のW家の和室の、一輪挿しに灯るように咲いていた。 あの家の丁寧な暮らしは、「丁寧」を気負っていないから美しかった。 冬の和室は炬燵に入って…

夜と煙草

Hさんが煙草に火を点けると女子供達はたちまち非難轟々で、仕方なしに彼は庭に出るのだ。いつだって。あの頃私は目ばかり見張ってなかなか人と交わらないような子どもで、それでもHさんがラークに手を伸ばすやいなや、その半ば楽しげなブーイングには、参加…

「W家の寝室」

二階の寝室は昼間でもどこか薄く暗い。塀沿いに植えられた背の高い庭の木のせいもあるけれど、新潟の空はどこかいつも薄暗い雰囲気がある。あくまでも記憶の中のイメージだけれど。 がらんと広い寝室の、二つ並べられた大きなベッドはそのまま私の空想の中で…

雪、タナトス、猫の足跡

昨日仙台に降った雪はばさばさとまるで乱雑な雪だった。東京生まれの私なのに雪が思い出深いというのはやはり新潟の記憶だろう。新潟の雪は水気を含んで重たい。今ここに降る雪はかさこそと粉っぽく軽く、記憶の中の雪の方がどちらかといえばタナトスの風情…

pastel

散歩中に見つけた路地にはカラフルなシャッターが下りていて、何かの色に似ていると思ったら子どもの頃に持っていたパステルだった。 母親は図面を引く仕事をしていたし、父も図面とは遠くない仕事で趣味では絵を描く人間で、おまけに祖母は油絵を描く人だっ…

子供と夜の時間

Wの家ではいつも私は一番年下で、一人だけ子供で。それはつまらなかったり面白かったり、勿論、色々だった。 でも大概面白いことのほうが多かった。ここの大人たちは子供だからといって「夜の時間」を出し惜しみしなかったから。 夜中のトランプ、夜中の卓…

俯瞰

二階の部屋から干した布団に両腕と胸を預けて庭を見下ろす。モンドリアンのように分割して右上が駐車場、左上は物置。その下半分が芝生、その下芝生の三分の一程の長方形のスペースに白とグレーの大き目の石が敷き詰められている。芝生の左側の境目にはパン…

ハロー!ベイビーグリーン・キャッチキャッチベイビー

で、今度は手術室。麻酔やらなにやらあるので説明を受けるも、もう痛みのあまりにとことん上の空。背中にぶっとい注射されたってそんなんもう痛くもなんともないもんね。神経全体がもうやさぐれちゃってるんだもんね。ふふん、だ。 それまでずっとついていて…

ハロー!ベイビーグリーン・地獄の陣痛

しかし地獄は14日の昼前にやってくる。ちびも相当そっからでたかったのか、陣痛は既に10分間隔くらいになっていて、その痛みったらもう想像つかないような代物で。母親が「なんかちょっとおなか痛い…うううっ、てくらいでするっと産まれたわよ」なんていう安…

ハロー!ベイビーグリーン・破水でスタート

2007年5月13日、午後6時。 買い物から帰ってソファに腰をおろした途端に水風船を踏んで弾けたような感覚があって、あれれ、これがもしや破水というやつか、と慌てて夫に「破水かも!病院かも!」と告げる。病院に電話すると、「ああ、それは破水かもしれない…

フェンスの穴、プールの屋根

フェンスの穴を抜けると、スイミングスクールの屋根に上ることができた。フェンスは高台にあるマンションの廊下に面していて、その高台の下にスイミングスクールが建っていた。高低差が丁度スイミングスクールの屋根=そのマンションの一階で、『そのマンシ…

置いてけぼり

あれはいじめが終わった頃だから小学四年生だか三年生の終わりだったと思う。 昼休みに、三人の女の子たちに「学校終わったら遊ぼう」と誘われた。その子達はクラスの中では目立つタイプの子らで、もちろんいじめにも率先して加わっていて、そのときは誘われ…

硝子狂

今も昔も硝子が好きだ。ただの欠片でもいい。道端に落ちていても思わず見てしまう。 頂き物のお菓子の缶にはビー玉とおはじきをぎっしりと詰めてそれでも足らず、これまた頂き物の舶来品の大きなジャムの空き瓶にぎしりと詰めて持っていた。蓋を開けては眺め…

団地の時間

中学生まで、土日は祖父母の家と決まっていた。 最寄は同じ沿線上にある駅で、そこから延々と階段を上り続け、高台にある団地が祖父母の家だ。古い団地は時間が止まっているような雰囲気で、夾竹桃の垣根の向こうだとか、紫陽花の株の内側だとか、どこか違う…

祖母のトランプ

祖母はカードゲームが好きで、泊まりに行くといつも決まってトランプや花札の相手をさせられた。そうして夜、私が眠った後は一人でソリティアや占いをやっている。 祖母のトランプはフランス製のものと、スペイン製のものがあって、絵柄もよくある市販のもの…

ばらばらと散らばる記憶の欠片

子供の頃と言えば、狭い六畳間が親の寝室兼居間で、マットレスだけのベッドに箪笥にテレビ(もらいもん二台)とピアノと卓袱台置けばもうぎっしりで、おまけにテレビの横にはコロンビアだかビクターの古くてでかいオーディオ。ぎゅうぎゅうとした空間で育っ…

雪の如く記憶の降る(雪柳)

和室の縁側には夏の終わりには蝉の死骸が、秋には蜻蛉や蝙蝠の死骸が転がっていることが多かったので、臆病者の私はあまり足を踏み入れなかった。仏壇の置いてある小さな和室には着物の入った桐の箪笥と桜の小さな鏡台が置かれている。その仏壇には十七年前…

雪の如く記憶の降る(応接間)

Hさんの淹れてくれる珈琲は、一番おいしい。彼はいつも珈琲とキャビンの匂いがした。果物をむいてくれるのもいつもHさんだった。ペティナイフでするすると林檎や洋梨をむいてくれる。オレンジもカットして食べさせてくれる。甘栗をむいてくれる。それは朝の…

雪の如く記憶の降る(朝食)

濁ったワイン色の絨毯が敷き詰められた広い部屋は、ざらざらとした手触りの薄い鼠色に砂粒のような金色や銀色がまばらに散った壁。木製のダブルベッドが二つ、丁度同じサイズのベッドが置けるくらいの間隔でおかれていて、頭の方には渋い黄緑色のカーテンの…

雪の如く記憶の降る

カーテンを開けると、夜のうちか明け方に降ったのか、山は粉砂糖を振りかけたように真白くなっていた。空は分厚い雲を絨毯のように敷いていて、曇った蛍光灯のような色をしている。子供の足が冷たいので靴下を履かせた。 夫には珈琲を沸かして、子供には温め…

少女は皆、毒を持つ

小学校2年生の時、Sちゃんという女の子が転校してきた。おかっぱで、色白。おでこが広く少し受け口の大人しそうな子。Sちゃんはどうしてだか私を気に入ってくれ、私たちはすぐに仲良しになった。日が経つにつれ、大人しそうな彼女はとてもおしゃべりで世話…

宇宙に雨は降らない

七夕雨。青く煙る窓の外。町は蚊帳を吊るしたように霧の中にすっぽりと沈み込んでいる。 子供の頃、七夕といえばいつも小さいマンションには不釣り合いなわさわさとした大きな笹を母は買ってきて、金銀五彩の折り紙で絢爛豪華に飾りたて、短冊も書くのは私と…

中学一年生の冬の思い出。 冬の放課後は埃っぽく、鼻の奥がつんとするような冷たい空気の中、原宿で買った安物の(赤とくすんだ水色とグレーのストライプのプラスチックのような感触のアクリルで編まれた)マフラーを口元まで覆うように巻いていると体温の高…

風呂場の蜜柑色の夕陽

お風呂に入浴剤は欠かせない。 薔薇の香りのバスソルトを入れることもあるけれど、どちらかというとバスクリンのような入浴剤のほうが好きだ。 お湯に靄のように広がる入浴剤の色が子供の頃から好きで、しばらくかき混ぜずにその色の渦巻く様子を眺めている…

アクアリウム

昔読んだ澁澤龍彦の小説に、海の水で詩を書くと薄青い文字が綴られる、というような光景があった。うろ覚えなので間違えているのかもしれないけれど。 その頃住んでいた家の近くにはプラネタリウムが併設されている大きな図書館があって、小学校から高校にか…

月を見る

一時期、夜中の2時3時くらいに目覚ましをセットして、明け方まで起きているというのが続いた時期があった。小学校高学年くらいから高校に入るくらいまでの数え切れない夜。何をするわけでもなく、ただ寝ながら月を見ていた。 その頃住んでた家の私の部屋は、…