風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

侘助の白

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侘助の花に託して 黙り込む

空と海 狭間の溶けて 消えるとき

***

侘助の白は清廉。香りも凛として美しい。新潟のW家の和室の、一輪挿しに灯るように咲いていた。

あの家の丁寧な暮らしは、「丁寧」を気負っていないから美しかった。

冬の和室は炬燵に入っても背中と肩が寒い。寒いからストーブをつけるけれど今度は当たる背中が熱くて痒い。いい塩梅、が全くない。子どもの私は首までおこたの中に入って熱くなると出て。庭に面した障子はすんすんと暗い。雪が降る前は急に空気が密になる。密度の高い静寂がひたひたと満ちてくる。耳朶の辺りまでそれが満ちると窓の外では雪が降り出している。

雪でなくても、三方を障子で囲まれた和室は昼も夜もしんと静かだった。音がしていても、しん、としている。障子は上半分が障子紙で、下半分は磨りガラスだった。冬の硝子は殊更冷たい。触れると指がひっつくほどに冷たい。洋間に行った方が暖かいのはわかっているのに、炬燵に入りたくなる。私だけでなく、みんなそうだった。

床の間の一輪挿しには季節の花。夏ならば木槿や夏椿。夏の午前にはそこで洗濯物を畳む母たちの姿がある。畳に散らばるYシャツやシーツやタオルの白。それが全部畳んで四角になったらば、海か山か町に出かける。夜には寝間着とタオルが用意され、祭りであれば、浴衣が広がる。

冬の一輪挿しには、水仙や小菊。炬燵を片付けてがらんとした昼の和室には、冷蔵庫に入りきらなかった食材やら果物が置かれている。夜に人が集まると、荷物は廊下に出される。和室の蛍光灯は白々と薄暗い。その緑がかったような仄白さが好きだった。

夏も冬もよく寺泊の海へ行った。曇り空と夜空の下では、海は空に溶ける。その狭間を見極めようと目を眇めると、吸い込まれそうになる。夜空の黒は穴を穿ったように星がざらざらと。曇り空の灰色は綿入れのように分厚かった。

道中に現れる稲田の稲の青さの、その絨毯のような柔らかさ。心打たれた私はまだ十にもなっていなかったと思うと呆然とする。