風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

2010-01-01から1年間の記事一覧

十二月朔日 kingyoku kohaku

「ママ」 「なあに?」 「ママ、だって」 「そりゃそうだよ、ママだもの」 「ねこちゃん、だっこする?」 「抱っこは無理だからいいこいいこしてあげなよ」 皓ちゃんはそろそろと私の近くまで寄ってきて、そろそろと小さな手を伸ばして猫の背中に触れた。 子…

十二月朔日 neko kodomo

師走の空は途端に冬の横顔をみせるのだ。葉を落とした木の枝が葉脈のように空に伸びる。干乾びた檻のようだ。 白く冷たい雲がその中でもがくように流れていく。 食欲がない。猫には缶詰を半分と、牛乳を用意する。自分の為には何もする気が起きず、縁側に座…

明け方の夢

夢の中で百日を過ごした。 私には現実だけれどあまりに突飛なので概要だけを記して、記録は他にとる。 まあ概要だけで充分突飛かもしれないけれど。 豪奢なホテル。まわりは海に囲まれる。ホテルの中には公園も森もある。ありとあらゆる人種、種族、生物が横…

カザリちゃん「素敵な日曜日」

マンションの9階のベランダから見下ろす風景はミニチュアのようで美しい、とカザリちゃんは思う。 箱庭。ゴジラくらい巨大化して全部踏み潰してみたい。 キャラメルの箱くらいのビルをエナメルのパンプスで踏み砕いたら、貝殻みたいな音がするかしら。 いや…

カザリちゃん「潮騒」

電車に乗って1時間。海の匂いがする道を歩いて20分。 その建物が見えてくると、カザリちゃんはいつも 「お豆腐みたい」 だと、思うのだった。白く、鋭角な形の、あれは絹ごし豆腐の形。木綿じゃなくて。 建物の名前は「しおさい荘」という。まるで民宿のよう…

カザリちゃん「津黄子さん」

どうしてこんなに愛しいのか。 津黄子さんはカザリちゃんと初めて出会ったときからずっと考えている。 あの子はまるで羽二重餅のようだったっけ。 カザリちゃんが生まれた月には、津黄子さんは日本にいなかったから、二人が初めて顔をあわせたのはカザリちゃ…

カザリちゃん「理科室とすもも」

カザリちゃんは理科室が好きだ。 班毎にわかれるあの黒くてつるりと硬い大きなテーブル。かたかたとすわり心地の悪い、背もたれのない小さな木の椅子。テーブルにいちいち水道がついてるのも素敵。ビーカーや試験管。上皿天秤はひどく脆そうな動き方をする。…

カザリちゃん「俯瞰の王国」

水たまりをのぞきこむと、空と雲としゃがみこむ自分のひざこぞうが見えた。 このなかはまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃんは思う。 見上げた空は水たまりに映るそれよりも鮮烈に青い。 あのむこうもまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃん…

カザリちゃん「遠足」

きゃあきゃあひらひら、と、女の子の声はいつだってフリルのように可愛らしく煩わしい。 秋の空の下、流れる川はゼリイをくずくずにしたような乱れた光が散らばって、目に痛い。枯葉の匂いはすんすんと鼻の奥に気持ちよい。こんな日に遠足だなんて馬鹿げてる…

カザリちゃん「ドロップス」

放課後の方が朝よりもきれい。だと、カザリちゃんは思う。 下駄箱の隙間から、すこん、と校庭が見抜けるところとか。岩石園の苔が夕日を浴びて茶色くてらてらと光るところとか。 だれもいない、永遠に続くように真っ直ぐ伸びたタイル張りの廊下だとか。 カザ…

夜の広場にて

今宵、白樺のダーエが化石になる。 夜の広場に星が降ると、ダーエの身体は美しく結晶化し、象牙のように硬く滑らかなひとつのオブジェとなった。 シグナルのヨハンは赤と青と琥珀の涙を一粒ずつ光らせる。 「俺は生きたままに化石のようだ」 ダイヤモンドを…

視線

ワニのトラヴィスはおいしそうな子豚を見つけた。子豚の名前はティンキー。子豚のティンキーはチョコレートが大好き。ティンキーはショウウインドウにバレリーナの形したミルクチョコレートを見つけた。バレリーナの形したミルクチョコレートの彼女の名前は…

11/5、ねんこの時にしたおはなし

朔ちゃんとコグマさんはブロックでおふねを作りました。 「じょうずにできたねえ」「ほんものみたいだね」 朔ちゃんとコグマさんは大はしゃぎ。 すると、ぼわわわわん、おふねが本物のおふねになりました。 よいしょ、こらしょ、えんやこら 朔ちゃんとコグマ…

十一月朔日 kotatsuyagura

しょうしょう、と、雨の音で目が覚めた。カーテンを開けても部屋の中は薄暗い。 影絵のような鏡の中に映る私の素顔はお化けのよう。猫はまだ布団からでようとしない。ちらりと捲って丸まる背中に鼻をつけたら温かく、つんとするような獣の匂いがした。猫はぐ…

夜の階段

夜の階段をおりていくと、夢が落ちていたので、ぼくはそのなかからひとつの夢を手にとって、また階段をのぼって部屋にもどってきました。 すると部屋の真ん中にはひとりのこぐまが座っていたのでした。 「こんばんは」 こぐまの目はまるでザリガニの目みたい…

音の匣

砕けてばらばらと散らばる硝子に反射して、月は何百にも割れた。 青白い街灯に背中を押されるようにして、歩く。砕け散った硝子を靴の先で蹴ると、月はちりぢりと夜の闇に消えた。 明るい夜で、風は生温かく春の小川のようにうなじをくすぐる。どこからか電…

終末の幽霊

夜の扉を開けたら、天井に吊るされた星たちがさわさわとさざめく。 冬の匂いと金木犀の金色とともに入り込んだ俺に向けられるバーテンの流し目。それは一瞬の、眼球の不随意運動に過ぎない。視線は俺の頬をつきぬけ、闇を漂う。 夜の底に沈む店内には滲むよ…

十月朔日 ito

金色の明朝体で、KOHAKU、と硝子に書かれたドアを開けると既に私以外の面々は揃っていて、綺麗にメイクアップされた横顔たちがぼんやりと薄暗い照明に浮き上がって見える。 「ヤマネ、こっち」 と、中村が声をかけるのにぎこちなく手を上げて答えた。 陽子が…

十月朔日 tegami

日暮春樹様 朝から栗の鬼皮をむいています。1kg半もあるので明け方から熱湯に浸したとはいえ手が負けそう。 どうして渋皮煮なんて面倒なものを作ろうと思ったのか。いつもはそういう手間を嫌うのに。秋だからかもしれません。裸足の足元はすうすうと冷たい水…

このところの夢の傾向

嫌な夢ばかり見る。 先週見たのは犬が死ぬ夢だった。 長い旅から帰ったら家には飼っている筈もない犬が五匹もいて、熱帯雨林の中に建つバラックのような小屋の中で数ヶ月も置き去りにされた小動物たちはどろどろと朽ちかけてそれでも一匹だけ生きていた。生…

一昨日の夢 「かき氷」

昼日中の祭りの喧騒。 浴衣を着て義母と子どもと散歩がてら境内をぶらぶらする。 高く涼しい祭囃子と熱気の籠もった呼び込み。 りんりぃぃんりんりぃぃん、と横切る風鈴屋の屋台。 薄荷パイプを吸いながら歩くとまるで壊れかけのバラックのような氷屋があっ…

九月朔日 nanntennnomi

あっという間に時間が経ち、気がつけば夕暮れ。日の光に夏は残っているとはいっても、秋はじわじわと侵食してきていて、うっかりするとすぐに夕闇が落ちてくる。精算をすませて外に出ると、落ち葉のような匂いがした。 傾く日の光のなか、すとん、と気持ちが…

九月朔日 tatsumigeisya

六時丁度にぱちりと目が覚めた。何かいい夢を見ていたような気がするのだけれど、炭酸の泡のように淡い手触りだけ残して、なにも覚えていない。 猫はもう先に目覚めて階下に降り、座布団の上で毛づくろいをしていた。にに、と鳴いて耳の裏を私の踝にこすりつ…

八月朔日 hozumi 午後

レストランを出て旅館に戻る道の途中、遠雷が聞こえる。海と山の間に渦巻くような黒々とした分厚い雲が垂れ込め、どろどろどろどろ、と今にも、どかん、と落ちてきそうな危うげな唸り声が聞こえる。 岬の辺りで針金のような白い閃光が走った。 どろろろろん…

八月朔日 hozumi 午前

にゃぁぉお、にゃぁぉお、と繰り返す猫の鳴き声は段々にその音量を上げ、ついには飛沫をあげる波音に変わった。 耳の奥でシャボン玉がぱちん、とはじけるような感覚がして、目が覚めた。ざざざざん、ざざざざん、と、波の音が聴こえる。 いつもと違う天井。…

昨日の夢「沸騰する青」

砂浜に座る私は透明のパラソルの中にいて、空からは大粒の雨がこれでもか、というくらいに落ちてくる。 これは土砂降りというの。 透明のパラソル越しに見上げる空には雲はなく、まるで沸騰した青蒼藍碧、そこに黒を一点落として完璧なまでに不穏。 海は空の…

一粒の海

ホログラムの海は映像に過ぎないから、どこまでも潜ることが可能だ。波打ち際から浅瀬、段々と深まる海の青。触れることの出来ない海。泳ぐこともできない。海底に座って水面を見上げると記憶と記録に作られた水面が、太陽光がきらきらと無数の銀色の輪のよ…

Quetzalcoatlus

アオとミドリは美しい化石を見つけた。 それは空に残された翼竜の完璧な化石。 痕跡に最初に気がついたのはアオだった。アオは目がいい。勘も鋭い。音も反射的に捉える。 「あれはどうやら翼竜の翼の音みたいだ」 そう言って空を見上げる。ミドリは眼球にオ…

七月朔日 snail

べたりと重たく分厚い何かが皮膚をまんべんなく覆っているような不快感に目を覚ます。首の辺りがべたべたと汗をかいて冷たくなっている。寝巻き代わりのTシャツも、背中にぴとぴと張り付いて気持ちが悪い。シャワーを浴びに、階下におりた。時計はまだ六時を…

三日の夢「ファッショに気をつけろ」

保育園の慰労会(現実にはそんなものはない)で居酒屋に行く。 がやがやと賑わしい店内に一人、わたしの丁度斜め右前に座る中年の男はくたびれた風でネクタイはまがっているし、スーツもよれよれで陰鬱な表情をしている。銀フレームの眼鏡はご丁寧に斜めにず…