カザリちゃん「遠足」
きゃあきゃあひらひら、と、女の子の声はいつだってフリルのように可愛らしく煩わしい。
秋の空の下、流れる川はゼリイをくずくずにしたような乱れた光が散らばって、目に痛い。枯葉の匂いはすんすんと鼻の奥に気持ちよい。こんな日に遠足だなんて馬鹿げてる、とカザリちゃんは思った。
道端の団栗を拾う。
「えー、いいなあ。ユウもそんなんしたいよー。男の子に生まれたかったー」
同じ班の遠藤さんのキャラメルみたいな甘い声が聞こえた。
ね、カザリ。と同意を求められてカザリちゃんは困惑する。
私は別に男の子になりたいなんて思ったことないなあ。私、女の子しか経験したことないし。
そう言うと、遠藤さんは少しむっとした顔で、「カザリって変」と言った。それだけだと意地悪に捉えられかねないので、沖田くんには「カザリって天然で面白いんだよ」と笑顔で言い足した。きゃらきゃらと華やかな声たちが遠ざかる。
男の子みたいに立っておしっこするなんてなんか不安定な感じでやだし。選択肢がズボンしかないのもつまんないし。
カザリちゃんは手のひらで団栗を転がしながら思った。
それに、男の子になりたい、って言う女の子はとても「女の子であること」にしがみついているように見えるけどな。
びゅう、と風が吹いてきらきらと枯れ葉が舞った。「きれー」という声が、泡が弾けるようにそこかしこから上がる。
お昼休憩は秋桜が綺麗にゆれる丘。
班ごとに輪になり座る子どもたちは飛行機の窓から見れば花のように見えるかもしれない。
「カザリのお弁当、おばあちゃんみたい」
と、遠藤さんは笑う。ほんとだー、とまわりの女の子たちも笑う。
カザリちゃんのお弁当は、しっとりと海苔に巻かれた俵型のおにぎりに、鮭ときんぴらごぼうに鶏つくね、玉子焼き。
遠藤さんのお弁当は、切り口の綺麗なサンドイッチに、ミニグラタン、フライドチキン、じゃがいものキッシュ、プチトマト、粒の揃った苺。
「でも、冷めてもおいしいよ」
と、カザリちゃんは言う。柔らかく、歯にくっつくような、しなしなとした海苔はいい匂い。私、ぬるい苺のほうが嫌だなあ。
「あ、でも俺、カラサワみたいなお弁当けっこう好きかも」
と沖田くんが言うと、遠藤さんは泣く前のような、怒っているような、不思議な顔になった。
幼馴染の空善くんは寝転がって空を見ている。お弁当を食べ終わったカザリちゃんが隣に座って、
「空に落ちてくみたいだよね」と言うと、空善くんは「なにそれ?わっかんね」と言った。
カザリちゃんから目を逸らして空善くんはまた空を見上げる。眩しい雲がぎらり、と光った。深い深い空に、くらり、とする。
「あ、今、そらくん、落ちたでしょ」と笑うカザリの笑顔が憎たらしい、と思うほどには気分が悪くないということに、空善くんはそろそろ気がついている。
遠藤さんがカザリちゃんと空善くんを指さして沖田くんになにか耳打ちしているのが見えた。
あの笑顔はきもちわりいな、と空善くんは思う。
「遠藤ってなんかおばさんみたいなのな」
そう言うとカザリちゃんは
「そうかなあ」と答えて、草をむしった。
びゅう、と風が吹いて、色とりどりの秋桜たちがふわふわと揺れた。
ほら、どんぐり。
と、カザリちゃんは手のひらを空善くんに差し出して、
「これ食べたら頭から木が生えてきたらいいのに。そしたら傘もいらないね」
と笑う。
カザリって変なヤツ。昔からだけど。
なんて、空善くんは思っている。