夜の匣
明るく広々とした森にいる。樹々の輪郭は淡く、遥か空を突き刺すように聳え立ち、上の方の枝葉はもはや霞んで見えない。 炎の色や金糸雀色や唐紅に金色。きらきらと落葉が一定の速度でゆっくりと落ち続ける。足元には薄く透けて硝子のような落葉が降り積もる…
真っ白な日盛りの中を友人Bと歩いている。漫画の中の真夏のページのように、世界の余白という余白が白く眩しく、輪郭は細く途切れそうに薄い。陽を遮るもののない長い一本道を歩いている。砂を踏むじゃりじゃりという音が二人分。遠く蝉の声が数千匹。陽の光…
7/31 明け方私は地図の上を飛べるので、地図に描かれた海の上を鴎のように飛び、遥々カナダまでやって来た。巨大な紙製の山脈が聳え立ち、その頂上には山脈の名前がゴシック体で浮かんでいる。等高線が美しい。遠く前方にレゴで作られたようなこれまた巨大な…
夜色の窓硝子が嵌った大きな窓のある浴室にいる。窓硝子の向こうは夜空だが、窓を開けると朝の景色。タイル貼りの浴槽に湯は張っておらず、それでも湯気が立ち込める。W家の浴室に似ているけれどその5、6倍広い。銭湯みたいだ。真ん中に置かれたテーブルで珈…
お葬式の帰り。車二手に分かれて帰る。 先に来たのは黒のサイドカー付きのハーレーで、ささっと母と誰かが乗り込んでしまった。 豪快な音を立てて走り去る。 白玉くらいの雨粒がゆっくりと降る空は灰色と黒で、木立ちはぺらぺらの紙のよう。 次に来たのは赤…
百貨店の靴屋で待ち合わせをしている。 まだerしか来ていない。erは片っ端から靴の試着をしている。 「私たちはみんな遅刻ばかりだったから」 そわそわする私を振り向いて言う。時間通りに来るわけないじゃん。 tから電話がかかってくる。 「みんなそろそろ…
久しぶりに地震以外の夢を見る。 図書館のような病院。大きな吹き抜けがある。ドーナツ状の建物は上の階は明るい。ラウンジに夥しい数の本棚。 下の階は暗い。暗い階段。市役所の非常階段みたい。Tが言う。 「N、目ぇさめたんやって!」 TとJがいるのだけれ…
武満徹について書かれたのらちんの日記をひたすら読んでいるという夢。 何故武満徹とのらちんなのか全くもってわからない。 「武満徹って迂闊に聞くと消えちゃうんだよ、全体像が。ヴィオロンとかに注意して!旋律が粉になって、点線になって消えていくから…
屋外バーというところでウヰスキーを飲んでいるのだった。 焚き火がそこかしこに焚かれ、そこかしこでジプシーらしき男や女がギターを掻き鳴らし歌う。音の氾濫。 紺色の空にきっちりと縫い付けられたように、星が正確な位置で正確に光る。 指で星をなぞると…
これは去年見た夢。 261号室は呪われている、という電話が母からくる。 ここに引っ越してくる前に住んでいた、駒沢のマンションの部屋だという。 「やっぱりねえ、こないだ××がそこに泊まったら、猟銃をもった男の幽霊が出たんだって」 と、母が話しているの…
夢の中で百日を過ごした。 私には現実だけれどあまりに突飛なので概要だけを記して、記録は他にとる。 まあ概要だけで充分突飛かもしれないけれど。 豪奢なホテル。まわりは海に囲まれる。ホテルの中には公園も森もある。ありとあらゆる人種、種族、生物が横…
嫌な夢ばかり見る。 先週見たのは犬が死ぬ夢だった。 長い旅から帰ったら家には飼っている筈もない犬が五匹もいて、熱帯雨林の中に建つバラックのような小屋の中で数ヶ月も置き去りにされた小動物たちはどろどろと朽ちかけてそれでも一匹だけ生きていた。生…
昼日中の祭りの喧騒。 浴衣を着て義母と子どもと散歩がてら境内をぶらぶらする。 高く涼しい祭囃子と熱気の籠もった呼び込み。 りんりぃぃんりんりぃぃん、と横切る風鈴屋の屋台。 薄荷パイプを吸いながら歩くとまるで壊れかけのバラックのような氷屋があっ…
砂浜に座る私は透明のパラソルの中にいて、空からは大粒の雨がこれでもか、というくらいに落ちてくる。 これは土砂降りというの。 透明のパラソル越しに見上げる空には雲はなく、まるで沸騰した青蒼藍碧、そこに黒を一点落として完璧なまでに不穏。 海は空の…
保育園の慰労会(現実にはそんなものはない)で居酒屋に行く。 がやがやと賑わしい店内に一人、わたしの丁度斜め右前に座る中年の男はくたびれた風でネクタイはまがっているし、スーツもよれよれで陰鬱な表情をしている。銀フレームの眼鏡はご丁寧に斜めにず…
コカ・コーラ工場にピクニックに来ている。 空に浮かぶ入道雲と太陽の光は完璧な夏だ。 工場と言っても建物はない。遥々と草原と丘陵が広がっている。 ピクニックに来た人たちはみな芝生に寝転び、空を眺めている。 その頭上には巨大なロケット型のコカ・コ…
先日の夢。 メキシコシティさんの家に遊びに行った。 メキシコ邸は昔ながらの日本家屋で、漆喰の壁に黒い柱。紫陽花と向日葵が咲いていて綺麗だ。 赤い着物のメキティさんが迎えてくれる。二階のお部屋で一緒にお茶を飲む。時計がボーンボーンと鳴ると窓の下…
怖い夢を見た 保育園のお迎えが遅れて夜になる。 台風前の分厚い灰色の空。不穏な色。雲が渦巻く。雨の音が強くなる。 お迎えは混雑している。知らない子供と知らない親たち。不意に一人の母親が私の目の前20cm程に近づいた。 酷く不安にさせられる距離だ。 …
勤めている会社の研究部員から、「本物よりも本物に近い偽物の太陽のサンプルが完成しました」と言われてロビーに下りるとそこはまるで神殿のようだ。 太い円柱の隙間から見えるのは雲が乱れ飛ぶ空で、楕円の形したロビーは擂り鉢状に窪んでいる。 天井から…
白く明るい夏の道。アスファルトが乾いて土くさい。 自転車に乗っている。眺めのいい坂道で、ぐねぐねと上下の激しい長い坂が四方八方に広がっている。 頭上には銀色のモノレールが走る。風は強いが音はなく、人もいない。無音の夢って初めてかもしれない。 …
黒いケーキを買いに行く。 青い道をまっすぐ行くとモノクロのケーキ屋があって、そこの中は色彩がない。 モノクロのケーキ屋に入ると私もモノクロになる。翳みたいだ。 店内はすっきりと広く四角く、ガラスケースは綺麗に磨かれている。明かり取りの窓が大き…
冷蔵庫を開けて、薄荷水を出す。透明な淡い水色は眺めるだけで涼しい。栓を抜くとしゅわりと微かな音がして、きんと冷たい香りが漂った。 油でべたべたとしたタイル張りの床は白と黒の市松模様で、野菜の屑やら乾いてかちかちに固まった豚だか牛だか鶏肉の破…
深夜、車に乗っている。窓の外は透けるような青と黄色と深い緑のグラデーション。あたりは遥々とした平野で、地肌がむき出しの褐色と砂色の大地だ。時たま薄っぺらい影のような木がぽつんぽつんと生えている。煙色の闇が手の形をして地平線に伸びている。遥…
祖父と二人、青葉台の家で留守番をしている。 わたしはリビングにいるけれど、祖父は自分の部屋に閉じこもって俳句をひねっている(らしい)。 湿気で足の裏にべりべりとひっつく木の床。夏の匂いがベランダから流れ込む。古い建物なので天井が高い。四階で…
深夜の246を走っている。池尻大橋あたりから夢は始まる。三軒茶屋を通り越し、駒沢通りに入り公園を目指している。自転車で猛スピード。 知りすぎている景色はひどくリアルだ。夢ではなく現実だと思うほどに。東名高速の橋桁だけがむやみやたらに高く、そこ…
もう幾年も降り続いている雪は少しずつ溶けフローライト色の海になりながらも頑なに積もり続け、私の住むマンションの11階までが既にその冷たい白に沈んだ。階下に住む人間たちはもう遠い昔に、美しいままに(或いは醜いままに或いはそのどちらでもないまま…
小学校の時の同級生タカノくんと正門前で待ち合わせている。校庭は同窓会のようで沢山の人がいる。 門の内側でタカノくんが手持ち無沙汰で立っている。 「久しぶり」「久しぶり」「元気だった?」「そこそこに」 並んで校庭を歩く。スプリンクラーが回る中を…
道端でJ々とばったり会う。 「ひっさしぶりだねー」「元気?」「元気。そっちは?」「元気」 何年前に会ったぶりだろう。天気の良い昼下がりのどこかの道。 「最近名前を忘れちゃうんだよね」とJ々が言う。 「え、やばいじゃん。名前全部忘れたら消されち…
怖い夢を見た。 日本家屋の二十畳ほどもある一室に、父親と、近々祝言を挙げる予定の婚約者と机を囲んでいる。 父親は私の左手に座り、婚約者は向かいに座っている。婚約者の後ろには開け放した障子と庭に面した廊下。日本庭園は夏真っ盛りだ。 風鈴が鳴って…
N見と中華料理屋らしきところで話し込んでいる。目の前の円卓がぐるぐると回りつづけていて目が回りそうだ。 N見が中国人のウェイトレスに紹興酒を頼んでいるので文句を言う。 「やめてよ、嫌いなんだよね。あれオイスターソースの匂いしねえ?」 「だいじょ…