風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

2008-10-01から1ヶ月間の記事一覧

雨灯篭 六

朝から降り続いていた雨は昼を過ぎて霙に変わったようです。墨色の夕闇の中、私はまだ電燈を点けることもせず、畳の上に座り込んでいました。いったいいつからそうしていたのでしょう。足の指先がじんじんと痺れています。無数の細かい針で刺されるような、…

雨灯篭 五

日野さんが紫陽花の株を押し分け裏口に消えた後も、私は暫く灯篭の近くでぼんやりと佇んでいたようです。気がつくと袂がずしりと湿気を含んで冷たくなっていました。鼻の先から頬のあたりまで凍るように冷たく、それなのに胸のあたりは重たく熱い鉛を飲み込…

雨灯篭 四

突如現れた馴染みのない感情に、私は狼狽しました。母を慕う気持ちに一点、落としようのない黒い染みが広がったかのよう。 少女にして私は、自分に視線のあたらない寂しさを知りました。視線を独り占めにする女の忌々しさを知りました。それが母であるという…

雨灯篭 参

日野さんが再び姿を現し始めたのは、梅の花の匂う頃です。その日は隣家の白梅紅梅が、霙混じりの重たい雨の中に淡い香りを沈みこめ、綻びかけの沈丁花は息を潜めるかのようでした。雨灯篭にはいつものように母の手で火がともされ、揺れるような光がちらちら…