風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

2008-06-01から1ヶ月間の記事一覧

バスタブの人魚 Ⅳ

「もしあんたが人魚になったら何したい?」 と彼女に聞かれたことがある。 僕の腰から伸びる銀色の尾。イルカのように波を掻き分け青い海を進むのは、空を飛ぶのに匹敵する爽快さだろう。しばし思いを馳せてうっとりとする僕を、彼女は妙に生真面目な顔で眺…

バスタブの人魚 Ⅲ

彼女は毎日僕の話を聞きたがる。 「今日は何をしたの?誰と遊んだの?天気はどうだった?怪我はしてない?明日はどこへ行くの?」 美術の授業で友達の絵を描いて、昼休みにサッカーをして、空は晴れてソフトクリームみたいな雲があって、どこにも痣ひとつ擦…

バスタブの人魚 Ⅱ

彼女は時として砂糖菓子みたいに優しい時もあるし(ごく稀だ)、時としてクラゲみたいに意地の悪い時もある(基本的にだいたい)。 彼女の口癖は 「アイスクリームを買ってきて」 「ピンクの薔薇を摘んできて」 「私の髪にはターコイズブルーのヘアバンドが似合…

バスタブの人魚 Ⅰ

僕の家のバスタブには人魚が棲んでいる。 と、話したら、クラスのみんな笑うだろうけど(そしてそれは好意的な微笑ではなく嘲笑だろうが)、事実うちのバスタブには人魚が棲んでいる。 ある金木犀の香りのする夜、バスルームのドアを開けると湯気の向こうには…

月とピストル

三人の女。嘘つきが一人。 ピストルを片手に 一人目が言う。 「昨日、星をひとつ殺したの」 欠けたグラスを傾け 二人目が言う。 「私は二人の男と眠ったわ」 月を見上げて 三人目が言う。 「私は夢を紡いでた」 三人の女は目を閉じる。 二人は思い出を映すた…