風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

バスタブの人魚 Ⅲ

彼女は毎日僕の話を聞きたがる。

「今日は何をしたの?誰と遊んだの?天気はどうだった?怪我はしてない?明日はどこへ行くの?」

美術の授業で友達の絵を描いて、昼休みにサッカーをして、空は晴れてソフトクリームみたいな雲があって、どこにも痣ひとつ擦り傷ひとつ作ってないし、明日はまだ何するか決めていない、と忠実に僕は報告する。

彼女はチョコレートバーをちびちびかじりながら、努めて気にしていない風を装ってこう聞く。

「ふーん。で、美術の時間はどの友達を描いたわけ?」

どの友達、って僕の友達なんか見たこともないくせに。これで女の子の名前が出てきた日には頭からざぶんと鯱みたいに乱暴にバスタブに潜って、僕の頭から爪先までびしょびしょにしてしまう。

女の子ってほんと面倒くさいよな、と十代にして気付いてしまった僕はとってもかわいそうだ。

それでも僕はやっぱり彼女のことが好きだったんだろう。あんなに意地悪で我が儘で野蛮な女の子。でも女の子というものはきっとそういう生き物なんだろうなあと思った。

彼女がたまに歌ってくれる、人魚のくせに激しく音痴な(だって人魚って素晴らしく歌が上手い生き物のはずだろ)ジャニス・ジョプリンばりにハスキーボイスな歌を可愛いと思ってしまったり、時たま頭から水をかぶせられても後ろ手に力任せにドアを閉めて出ていったり出来ないってことは、きっとそれは恋をしていたということだ。