風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

キッチンと夜

冷蔵庫を開けて、薄荷水を出す。透明な淡い水色は眺めるだけで涼しい。栓を抜くとしゅわりと微かな音がして、きんと冷たい香りが漂った。

油でべたべたとしたタイル張りの床は白と黒の市松模様で、野菜の屑やら乾いてかちかちに固まった豚だか牛だか鶏肉の破片がこびりついている。しかしシンクだけはいつもぴかぴかと磨きこまれている。薄く曇ったようなその銀色は窓からの月の光に照らされて、自ら鈍く発光しているように見える。深く幅も広いその四角い銀色は、まるで宇宙船みたいだな、と思った。シンプルな宇宙船は音のない空間でそれ自体が星のように鈍く淡く光るのだ。

不意に冷蔵庫の振動音が大きくなり、どくり、と心臓が跳ねた。月の光は相変わらず冷たく青い。冷蔵庫の扉を再び開ければ、そこにはあの日置き去りにした自分が凍結保存されているのじゃないか。記憶と共に。あなたと共に。

他愛もない空想だと首を振る。手にしたコップに薄荷水をなみなみと注ぎ、飲み干した。涼しい香りが喉から胃までをひやりと冷やしながら落ちていく。指先からしゅわりしゅわりと溶けていく。

ここも夢の扉のひとつに過ぎなかったのだと気づく。