風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

団地の時間

中学生まで、土日は祖父母の家と決まっていた。

最寄は同じ沿線上にある駅で、そこから延々と階段を上り続け、高台にある団地が祖父母の家だ。古い団地は時間が止まっているような雰囲気で、夾竹桃の垣根の向こうだとか、紫陽花の株の内側だとか、どこか違う世界の入り口でもありそうな感じがした。芝生には大きな欅と、躑躅の株。雪柳がどっさりと植わっている建物もあった。団地内の公園には藤棚があって、満開になると甘い紫色の匂いが風に漂う。昼下がりの落とし穴のような時間、蜜蜂の羽音も聞こえてきそうなほどしいんと静かな時間が落ちてくることもあった。足音だけが響くあの不思議な時間だ。

それでも今に比べればその当時はもう少し活気があったかもしれない。小さな子供もいたし、老人たちも勿論もっと若かった。

玄関を入ると左手に靴箱、その上に電話とスペイン土産の黒い鶏の置物が置いてあって、壁には大きな一枚鏡がかかっている。すぐ右手の硝子の引き戸を開ければ祖父の部屋。まだ幼稚園の頃はそこは叔父の部屋で、めちゃくちゃに煙草くさくて入るのが嫌だった。今だったらきっと平気なのに。この叔父と言うのも、アメリカに渡ったまま八年も帰ってこなかったり、仕事を転々としていたりボヘミアンな人だ。

その斜め左に洗面所とトイレとお風呂。洗濯機の上には澤田正一の絵。奥、正面に襖。右手に硝子戸。その扉を開ければ十二畳程のリビングだ。何度か模様替えしているが、子供の頃は銀色の円柱の足がついた木のテーブルと、銀色のパイプに白い皮の張られた四角い椅子が四つ真ん中にどんと置かれていた。入ってすぐ右手がお勝手で、左手の白い食器棚の横には仏壇。仏壇の右手に襖。その奥は畳の六畳間。リビングの片隅には祖母の油絵用のイーゼルと絵の具やら筆、パレットがごっそりと入った籐の棚が置いてあって、いつも線香と油絵の具の匂いが漂っていた。祖母は沢山の絵を描いたけれど、ほとんどを人にあげてしまって、今は数枚しか残っていない。そうしてもう、イーゼルも道具も捨ててしまった。本当は彫刻をやりたかったらしいが、お金がかかるだけと祖父に反対されたという。祖母の彫刻を見てみたかった。残念だ。