風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

いつかの夢 「スノードーム」

もう幾年も降り続いている雪は少しずつ溶けフローライト色の海になりながらも頑なに積もり続け、私の住むマンションの11階までが既にその冷たい白に沈んだ。階下に住む人間たちはもう遠い昔に、美しいままに(或いは醜いままに或いはそのどちらでもないまま)氷づけになり、これから続く白に閉ざされた永遠の時を過ごすだろう。件のカフェもはるか昔に雪の中に沈んだ。凝縮された氷の透明は青に近づき、ジントニックのグラスを月の色に光らせているかもしれない。フロアに流れていた美しい音たちも色鮮やかなままにフリージングされたことだろう。かつての恋人とは電話で話したきり、もう二年も連絡がつかない。K市に住む彼は美しい湖を眺めながら雪に沈んだのだろうか。俺のほうがきっと先に沈むね、と笑った。もしこの雪が降り止むようなことがあれば、私は氷づけの君を掘り起こしに行くよ。500km以上も離れているのに?とからかうように笑う。犬橇で行くよ、偉大なる火山口を目印にね。逞しい犬たちだって、きっと氷の下だ、と恋人は答えた。頬を滑る涙だって、すぐに結晶になり音立てて砕ける。

ベランダから見はるかせば雪は世界を圧迫するかのように音もなく落ち続ける。空は結露した磨り硝子のように淡く曇り、手を伸ばせば触れられそうに低く見える。永遠のスノードームに閉じ込められた私たちは次の永遠へのカウントダウンを始める。

いつだか見た夢を思い出した。夜、ベランダで煙草吸っていたら突然に。

高層マンションのベランダから降り続く雪を何年も見つづけている夢。町は真白い雪の中に沈んでいて、ぽつぽつとビルやタワーや高層マンションが線香のようにまばらに顔を出している。

夢の中で私はこの雪が永遠に降り止まないことを知っていて、いつか自分もその白に沈むことを知っている。雪はぼうぼうと空から零れるように降っていて、美しいこと極まりない。

雨だの雪だの雲だの虹だの、私の見る夢は天候の輪郭がくっきりしているものが多い。

思い出したら言葉にしてみたくなって、御話しにしてしまったのだけれど、夢の中でリアルに感じたあの孤独感や寒さや絶望や変に暗い恍惚のようなもの、全然表せやしなかった。

眼下の遠くアスファルトの上をスケートボードの走る音がする。あの子達だって、今、私の頭の中で美しい氷の世界に閉じ込められた。