土曜に見た夢「祖父のお菓子」
祖父と二人、青葉台の家で留守番をしている。
わたしはリビングにいるけれど、祖父は自分の部屋に閉じこもって俳句をひねっている(らしい)。
湿気で足の裏にべりべりとひっつく木の床。夏の匂いがベランダから流れ込む。古い建物なので天井が高い。四階でもかなりの高さがある。欅の天辺がベランダの柵に届きそうなほどに。
蝉のじいじいと鳴く声。夏休みの宿題が終わらない。数学の問題集は蝶々と鋏の掛け算だの、夏目漱石の文章の因数分解だの、わけのわからない問題ばかりがぎっしりと頁を埋めている。
CDでもかけようと黒いデッキの蓋を開くと、中に入っているCDはチョコレイトが溶けるように柔らかくべたりと伸びている。取り出して新しいものに入れ替えようと触れてみると、壊れた電熱器のように酷く熱い。指先をちりちりとした痛みと熱が走る。
驚いて手をのける。
壊れてしまったのか。それにしてもこんなに熱を発しているなら火事になってしまうんじゃないかと不安になり、祖父の部屋に行く。
「おじいちゃん、CDが壊れてしまったよ。ディスクが溶けるくらい熱がでてるの」
ベッドに腰掛けた祖父はいつもの木蘭色の着物を着て、碁石を右手にがちゃりがちゃりと転がしている。
どれどれと立ち上がり、リビングに戻ると、終わらない宿題の山を見て眉を顰める。こんな問題もわからないのか、と数学の問題集をかりかりと綺麗な字で解いていく。この人の専攻は数学だったな、と思い出す。
祖母は国語の先生で、祖父は数学。校長だったのだ、この人は。
夢の中の祖父の顔は私が小学生の頃の、一番しゃきりと元気の良かった頃の顔だ。
一通り問題集を解き終えると、××ちゃん白玉食べるかい、と台所に立つ。私は熱を帯びているラジカセが気になって気が気じゃないのだが、それでも祖父の好意に水を差したくなくてうずうずとこぶしを握り締めたまま黙っている。
白玉を作ろうか、素麺も茹でよう、××ちゃんは甘酒が好きだから、そうだ牛乳カルピスも飲みなさい、ほら五家宝もみすず飴もある、茶玉もそら餡パンもある、リトルマーメイドのクリームホルンもサンジェルマンのチョコレートコロネも、餡ころ餅も買おう、汁粉も作ってやろう。
私はまるで甘いものや甘やかされたものに埋もれるようにくらくらとする。
眼の端がちらちらと赤く光る。
いよいよ隣の部屋の燃える音が耳に聴こえてくる。