風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

窓際の六人

大きな一枚硝子の窓。低めのソファに居心地のいいピアノ曲。如雨露から零れ落ちるような五月の光。テーブルの上にはシナモンコーヒーが二つ、アイリッシュコーヒーとブレンド、カフェオレ、マーマレードタルトに紅茶のシフォン。日曜日の、午後三時。

別に、「みんなで仲良く楽しくやりたい」っていうのに異論を唱えるつもりもないけどさ。仲良きことは美しき哉。知ってるよ、僕だって。

大体、彼女がどんな子なのか全然知らないし。(知っているのは「唇がベアトリス・ダルに似ている」ことと「ローズマリーの赤ちゃんに出てるミア・ファローみたいに短い髪してる」ことだけ)

知り合った後にもし彼女のこと、気に食わない奴だ、なんて思ってしまったら?性格的に全く合わない子だったら?

そんなことよりもっと怖いのは「必要以上に気に入ってしまったら」だ。「必要以上に気に入られてしまったら」とかさ。

会う前からそんなことばっかり考えていた僕なんだから、責めるなよ。

友達の彼女を好きになっちゃうなんてさ、誰にとっても全く持って絶望的だよ。

私、もともと他人に興味がないし、友達だってほんとうに好きな人たちだけそばにいてくれればいい。私が好きになったのは恋人その人自身で、彼の付属物まで好きになりたくなんてないのに。みんなどこかで勘違いしている。どうして自分の好きなものを押し付けようとするの?どうして自分の居心地の良い場所に私を取り込もうとするの?私は私の好きなものだけで十分だし、私の居心地の良い場所はあなたたちの場所とはまた違うところにあるのに。どうして認めてくれないんだろう。私にはあなたたちの持っているものなんて全く関係がないのに。

そうして与える振りをして、自分にとって事情が違ってくると急にまた取り上げたりするの。あわてて隠したりするの。そのときにはもう、私だって欲しいのに、なんて思ってしまっていたりする。とても面倒くさい。

私が今欲しいのはあの唇。あの指、あの眸。

それを最初に私に見せびらかしたのは、あなたじゃない。

ああ、ほんっと嫌な女。ひとの彼氏に色目つかっちゃってさ。あのべったりした分厚い唇半開きにして、バッカみたい。あたし、亮ちゃんの友達なんかみんな嫌い。あたしね、みんなが目ぇきらきらさせて(うっそくさいの、それも)話してるようななんちゃらかんちゃらの椅子だの、だれとかのレコードだの、ぜーんぜん興味ないの。あたしが今いちばん興味があるのは今年の夏休み、亮ちゃんとちゃんと同じ日数有休取れるかどうかってこと。それでもって一緒に沖縄か北海道に行けるかどうかってこと。

みんなお洒落でそのくせぎすぎすしてないゆったりとしたいい人たちばかりだけど、性格もよくってそこそこかっこよくてかわいくておしゃれで、なんて、ちょーーーウソクサイ。でさ「カノコちゃんは素朴でいい」「なんか落ち着くよね」なんて言うの。それって田舎くさいって言いたいだけじゃないの?垢抜けてないってさ。なんだかいつも馬鹿にされてるみたいな気がしちゃう。なんて、そんなの嫉妬だってしってるよ。あたしのイジケタひねくれまがったひがみだって知ってる。でも、だから嫌なの。そんな自分が酷く惨めで酷く嫌な人間に思えて仕方ない。てかどうしてそんな気分味合わなきゃいけないわけ?あたしがしたいのは恋愛で、友達ごっこじゃあない。亮ちゃんの友達なんかあたしいらないんだ。つっまんねーの

俺って本当はこうしたい、ってことをしないで、違う方、そうじゃないんだって方に行ってしまう。いつだってそうだ。これは生まれつきの性格なのか、自己防衛なのかなんなのか、俺自身にもわからない。でももう、それに慣れてしまっているのも事実だからしょうがない。そういうものなんだって、あきらめている。

だから、きっと俺は伝えることはないだろう。いつまでも。死ぬまで。隣に座る彼女にも、目の前のあいつにも。

ほんとうは、あいつの彼女を好きになってしまうほうが、あいつ自身を好きになってしまうことより、まだマシだった。

オレ、もうほんっと葉子のことが好きでたまんない。だからさ、すげえみんなにそのこと知ってもらいたいわけ。このつんつんに短い髪の毛がどれほど愛しく指先を刺激するか、とかさ、ベアトリスみたいな唇がどれだけ柔らかく湿って温かいか、とかさ。全部。オレはこんなにも葉子のことを知っているんだって、宣言したいのかもしんない。知っている、ってのは、すなわち所有だ。知れば知るほど、オレは葉子を所有する。手に入れる。その事実をみんなにも知ってもらいたい。認めて欲しい。葉子をいま所有しているのはオレだってこと。全ての人間に見せびらかしたい。

だからさ、それほど怖いんだ。彼女を好きでいるのが。自信がないんだ。葉子に愛されているのかどうか。だからせめて他の人間に認めてもらいたい。葉子の恋人がオレなんだってことを。恋愛において確実なものなんて、何もない。だからこそまわりからの承認がほしい。みんなに祝福されたいんだ。情けないけどさ。

「もう別れようと思っている」って、今ここで言ったら、みんなどういう顔するんだろう。こうしてみんなで会うようになって、どのくらいだっけな。半年くらい経つのか。仲良しごっこも、恋人ごっこも、もううんざり。だってわかっちゃったんだもの。彷徨う複数の視線。絡み合わないの。一方通行なの。口元で飲み込む言葉。そんなものばっかり。

わたしの恋人は、わたしじゃない人に恋をしている。でもその人は自分の恋人に夢中。見ていてよくわかるもの。ちょっとうらやましい。でもね、その人の彼女は、ああ、もういいや。めんどくさい。とにかく、恋人が違う人に恋をしているのって、きっとだいぶ前からの話で。途中まで気がつかなかったなんて、わたしも本当に馬鹿だなあ。鈍いなあ。なんだか涙が出ちゃう。これって悲しい涙なのかな。それとも悔し涙?もう、それすらよくわからないや。

だいたいそいつが悪いのよ。そいつが最初にミヤサワに声かけたんだもの。「お前の彼女も呼んで遊ぼうぜ」って。ほんっと余計なお世話。いい迷惑。ミヤサワの気持ちにも気づかないでさ。って、わたしだって気づいてなかったけど。

でも本当に、もう終わりにしたいの。わたしはだって、自分の恋人の彷徨う視線を捕まえることができないんだもの。そんなの、酷い話じゃない?隣にいるのに見てもらえないなんて。手を繋いでいるのに心が離れているなんて。

和やかに愉しげに朗らかに会話するわたしたち。でもね、みんな嘘つき。今すぐに、ぶっ壊してやりたい、全部。なにもかも。

-end-