カザリちゃん「俯瞰の王国」
水たまりをのぞきこむと、空と雲としゃがみこむ自分のひざこぞうが見えた。
このなかはまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃんは思う。
見上げた空は水たまりに映るそれよりも鮮烈に青い。
あのむこうもまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃんは思った。
くものなかにかくれているくに。みずたまりのなかのせかい。
あしもとのまんほーるは、まるで、そう、まるで
「なにしてんの?」
お隣の空善くん、が、カザリちゃんに声かける。今日は二人とも、幼稚園はお休みの日。
なにしてんの?というその問いには答えずに、カザリちゃんは
「そらくん、まんほーるってまるいかたちのまちみたい」
と言った。
真ん中は、ころっせおなのだ、とカザリちゃんは想像する。
日曜日の夜にパパから聴いたお話に出てきた「ころっせお」は、カザリちゃんの中で神殿のような建物ということになっている。
単純明快な放射状の直線に曲線、そのくせ、まるで迷路のように見える道。ただのマンホールの蓋は今カザリちゃんの目の奥で神話の世界の町になる。白い服を着て、歩くのだ。神殿まで。
自分の家の門に両足をかけたまま、空善くんは「かざりってへんなやつ」と思った。ブランコを漕ぐ要領で門をぎーこぎーこ漕ぐ。
これをするとおかあさんはすんごくおこるけど。
おかあさんて、すっげーこわい。と空善くんは思う。おとうさんより、だんぜん、こわい。
空善くんは門を、えいやっと蹴飛ばして、マンホールの傍らにしゃがみこむカザリちゃんの隣にしゃがんで、一緒にマンホールを眺めた。
しかくとしかくと、ぐるりとまるのかたちがたくさん、それからよめないじ。じゅうえんのいろ。ううん、じゅうえんよりこれはじいちゃんちのすずのいろ。あのすず、うまのえの、あのすず。
迷路のような、そのかくかくとした溝のかたちに目を走らせていると、ふわりと身体が浮かぶような心地がした。それは俯瞰の感覚。空善くんは知らないけれど。
「ね?これがみちなの。わたしいま、ここあるいてころっせおにいくの」
「ころっせお、ってなんだよ?あ、じゃあこれ、おれのきち」
と、空善くんはぽつぽつと暗い穴を指差す。
このあなのなかからぶきがとびだすんだぜ。
カザリちゃんの頭の中には青い空の下、美しく整然とした、石畳の町並みが広がる。その町には神話に出てくるものたちが住んでいる。いま、カザリちゃんは神話の町で、勇ましいケンタウロスとすれ違い、空を駆けるヘルメスの姿を見ている。
空善くんの頭の中には暗い暗い宇宙に浮かぶ赤茶けた惑星に刻まれた、刻印のような滑走路と無敵の要塞が浮かぶ。
いま空善くんは、惑星外からの敵の攻撃に備えてレーザーガンを構えたところ。
二人はこんなに近くにいるのに、二人の世界はこんなにも遠い。
二人の世界はこんなにも遠いのに、二人はいつでも手の繋げる場所に。