Quetzalcoatlus
アオとミドリは美しい化石を見つけた。
それは空に残された翼竜の完璧な化石。
痕跡に最初に気がついたのはアオだった。アオは目がいい。勘も鋭い。音も反射的に捉える。
「あれはどうやら翼竜の翼の音みたいだ」
そう言って空を見上げる。ミドリは眼球にオイルを塗ったような視力しかもっていない。アオのとなりでうろうろと空に目を泳がすけれど、ミドリの視界には茫洋とした空のブルーが漂うばかりだ。
「ほらあそこ。オリオンのリゲルのあたり」
アオはうずうずと両手を握り締めながら、もう一度よく耳を澄ます。ミドリも目を閉じて耳を澄ます。
風を大きく切る音がする。音のする方角の空では透明の陽炎がゆらゆらと羽ばたくようにゆらめいている。陽炎は巨大な翼の形をしていた。
「月のやろうに梯子を下ろしてもらおう」
「でもまだ夜じゃないのに」
「だって、化石はきっと完璧な形でいまワタシたちの目の前にあるんだぜ?」
「月は怒らないかな」
「発掘したら月にも見せてやればいいさ」
中央天文台の事務員であるミドリは、月と連絡を取る事が出来る。月は少しばかり偏屈だから面倒くさい、と思いながらミドリはストリングスを弾いた。
「ハロー」
「ハロー、こちらはミドリ。梯子を下ろしてほしいんだ。場所はね、オリオンのリゲルから南南西に…」
「待てよ。俺の時計ではまだそちらに夜は来てないぜ?」
案の定月はぶつくさと煙のような声をストリングスから響かす。
「もちろん、そうなんだけど。見つけちゃったんだ、化石。翼竜だから流動なの。そのうち空の奥に紛れちゃう」
「チンケなやつだったらぶっ飛ばすぜ?」
るん、と切れる音が鳴ったと同時に空から梯子が降りてくる。梯子は正確に、ゆわああん、と、逆さまの振り子のように大きく揺れてミドリが説明した方向にかかった。
「アオ、梯子はいいけどスクーパーはもってるわけ」
アオはにたりと笑ってブーツからスクーパーを取り出した。化石はいつどこに姿を現すかわからないのだ。全身これ好奇心、といった様子のアオは常にスクーパーやらドリルスコップを持ち歩いている。
二人は雲を掻き分けながら梯子を昇る。
「成層圏だろうか」
「そうだな、中間圏の手前あたりかも」
アオとミドリは身体を光らせながら、ひたすらにその場所を目指す。近づくにつれ翼竜の羽ばたきは台風にも似た轟音となり、透明な陽炎は無色ながらもその輪郭を明らかにする。
ケツァルコアトルスだ、とアオが呟いた。ケツァルコアトルスは史上最大級の翼竜なんだ、ああ美しい、完璧だ。
アオがスクーパーで空を削り始めた。巨大な骨格が徐々にあらわになる。足の骨、くちばし、翼、次々とその美しい形が姿を現す。象牙色のその美しさにアオもミドリも感嘆のため息をつく。アオに削り取られた空の欠片は遥か下方のジャングルに落ちて、新しい沼を作る。
暫くのち、史上最大の翼竜の化石は、削り取られた空の隙間を自らくちばしで叩き割り、その罅割れから姿を現した。
象牙色の完璧な骨格を、記憶という透明の皮膚が覆う。美しく透き通る巨大な翼竜はスローモーションのように翼をはためかせて青い空の下を旋回する。
梯子のきわみからそれを眺め、アオとミドリは「なんて素晴らしい」と声をもらした。
fin