風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

風呂場の蜜柑色の夕陽

お風呂に入浴剤は欠かせない。

薔薇の香りのバスソルトを入れることもあるけれど、どちらかというとバスクリンのような入浴剤のほうが好きだ。

お湯に靄のように広がる入浴剤の色が子供の頃から好きで、しばらくかき混ぜずにその色の渦巻く様子を眺めている。煙のように広がる若草色や藍色や濃い薔薇色。ふわりと鼻に届く入浴剤特有の、清潔な、人工的な香り。

子供の頃住んでいた家は古いマンションだったから、風呂場に窓がついていた。薄いミントグリーンのタイルにメリットのシャンプーみたいな色の狭い浴槽。洗い場に檜の小さい板を敷いていたけれど、すぐに黴てふちがぬめぬめするので、上がるときにその板を壁に立てかけなければならないのが嫌だった。

夕方、まだ陽が落ちてしまう前にお風呂に入る。窓から西日が入るので電気はつけない。浴槽にはマリンブルーのバスクリンを入れる。青い煙のような帯が白い肌の上をゆらゆら漂う。お湯の中の自分の裸はなんだか硬く白く作り物めいて見えた。

小さな窓からは蜜柑のような夕陽と薔薇色の雲とくすんだ薄水色の空が見える。段々薄暗くなる浴槽の青はぼんやりとした暗い薄紫に見える。その薄紫の中に漂う肌は空気にさらされているときよりも艶かしく綺麗に見えた。子供のくせに長風呂だから母親がたびたび溺れて死んでいるのではないかと心配して声をかけていた。その呼びかけにいちいち返事をしながら色水を手ですくっては窓からの陽に透かしながらこぼしてみたりしていた。

官能、なんて言葉、その頃は知る由もなかったけれど、あの頃夕陽に照らされて入ったお風呂の時間はその言葉が一番似合うような気がする。

夕闇に紛れていく浴室の時間は、きっと初めて肌で感じた官能的な時間だった。