星、月、夜
コイビトと喧嘩をしてしまった星くんはまるで萎れたキャベツのようで。
僕は白い折り紙を折って、カモメを作った。
「星くん、ほら、君の好きなカモメ」
僕の両手から飛び立ったカモメは羽を広げて紺色の空をゆらりゆらりと、紙飛行機の速度で飛ぶ。星くんはちらり、と空を見上げてため息をつく。折り紙のカモメはそのうち暗闇に溶けて消えた。
カモメではだめか、と、今度はポケットから取り出したあやとりで星座を作った。あやとりで作られた星座は泡のようにゆっくりと夜空に浮かびあがり、ちかちかとダイヤモンドのように瞬く。新しい星座は洗い立ての宝石みたいに綺麗な透明だ。
「ほら見て、新しい星座。星くん、名前つけてよ」
浮かび上がった星座は飛び跳ねる魚のような形をしている。星くんはセンスが良いから、きっと素敵な名前をつけるだろうな、と思ったら、暗い目をどよりと光らせてこう言った。
「スケコマシ」
ああもう、重症だな。
「星くん、何があったわけ?あんな繊細で美しい星座にそんな酷い名前はないよ」
僕が抗議すると、「だってコイビトが俺のことをそう言うんだ」と悔しそうに言う。
「いっつも誰にでも彼にでもキラキラ素敵にウインクしちゃってさ。どうせあんたは私ひとりのものになんてなってくんないのよ、このスケコマシ」
と、最愛のコイビトに言われたんだと言う。
私にだけキラキラしてよ、私以外の誰にもキラキラしないでよ!それができないなら、もう消えちゃって!
「俺は俺なりに彼女のこと愛してたんだぜ?別に俺、誰にでもキラキラ瞬いてるわけじゃないのにさあ。勝手に光っちゃってるだけだっての。俺、星だよ?星に光るな、ってそれ無理じゃねえ?」
星くんは遠い目で、何千回目かのため息をつく。
僕はもうひとつあやとりで星座を作りながら
「だから僕みたいに猫をコイビトにすればよかったのに。猫はそんな独占的な言葉言わないよ。発情期もきちんと決まっているし、愛を束縛と勘違いしたりしない」
と呟いた。僕のコイビトは美しい毛並みの黒猫。
もう一つ新しい星座が、僕の両手から浮かび上がろうとする。小さなサンカクが重なり合うような、ちくちくと綺麗な形だ。
「或いは夜のヤツみたいにオオカミをコイビトにすればよかったな」
「そうだよ。人間に恋するなんて、複雑すぎて僕には出来ないね」
浮かびあがった新しい星座に、今度は
『シツレンランプ』
という名前を星くんはつけた。
星くんはふたつ前のコイビトも確か人間だったっけ。
僕のひとつ前のコイビトは美しい緑色したイグアナで、夜のみっつ前のコイビトはオニキスのような蝙蝠だった。
昔のコイビトの美しいジェイドグリーンをぼんやり思い出していると、
「月はいいよな。俺のコイビトが言ってたよ。あんたもあのくらい静かに光ってみなさいよ、って。あのくらい静謐且つクールにしてたら、その浮っついた性格も少しは落ち着くわよ、って」
と、僕のことを横目でちらりと見る。
流れ星になるなんて、サイテーよ。とも言われたよ。他の子の願い事まできいちゃうなんて、サイッテー。って。別に願い事なんか聞いてねえっつーの。勝手に願い事されてるこっちの身にもなってみろっつーの。
と言って、星くんはごろりと草の上に寝転んだ。僕もその隣に寝転んで空を見上げる。
「人間て勝手だよねえ。僕なんてウサギだの蟹だのの刺青入れてると思われてるみたいだよ」
「俺なんて『死んだら俺になる』って思ってるヤツもいるみたいだぜ?」
「夜なんてもっとすごいよ。夜と一緒に口笛吹くと蛇が出てくる、なんて言われてるんだよ。あいつと一緒に爪切ると親の死に目に会えないとか」
「なにそれ。笑っちゃうな。俺、夜だったらそんなこと言うヤツぶっ飛ばしちゃうな」
でも、蛇が出てくる、ってのはちょっとばかし楽しいな。口笛ででてきちゃう蛇なんてきっと間抜けなお人よしだぜ。
と、星くんはげらげら笑った。少しばかりいつもの星くんに戻ってきて、僕は安心する。
「ああ、今度はじゃあ蛇とつきあうかな」と、星くんは目を瞑る。
それでもってたまにそいつの目になって、闇の中でぎらんぎらん光って人間を驚かせてやるんだ。
それは面白そうだね、と僕も頷く。
「僕もたまに猫の目に入り込んで、闇夜できらりと光らすと大概みんな驚くよ」
「今度、夜に口笛吹いてもらって美しい蛇でも探しに行くかな」
「あんまりからかうと夜も怒るよ」
「あいつ怒ったとこ見たことないな」
「星くんはすぐ怒って爆発しちゃうよね」
「うるせーよ」
「ああ、そろそろ朝が来る」
「太陽は一途だよな。ずーっと海がコイビトだもんな」
「そうだねえ」
僕たちは女の子のことなんてすっかり忘れて、朝の光に溶けた。
fin