風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

五月朔日 yubune

昨日の洗濯物にアイロンをあてる。明日の来客の為に水羊羹を作る。抹茶のものと、塩漬けの桜を入れたもの。洋菓子が似合う顔立ちのくせして、あの人は和菓子に目がない。いやいや洋菓子が似合うというのも嘘か。あの人に似合うのは、例えば、、

気がつけば五時を回っていたので慌てて夕食の用意を始めた。いつの間にか猫がテーブルの下に丸く佇んでいて、小首をかしげて、にに、と鳴いた。今朝は悪かったねえ、という気持ちを夕餉の皿の刺身に表した。唾もとろりと垂れてきそうなくぐもった湿り気の有る唸り声を立てながら、一心不乱に鰯のたたきを食べている猫の横顔を眺めていたら、ご飯の炊けるふくらかな匂いが漂った。俎板にレモンを載せて包丁を入れる。青く爽やかな、とても直線的な香りがほとばしる。

 

鰯のたたきにひじきと挽肉の甘辛炒め、塩とレモンを振ったアボカド、糠漬け、大葉と油揚げの味噌汁。白いご飯に鰯のたたきをのせて食べる。噛んで飲み込む直前に味噌汁を一緒に啜るのが美味しい。こういう行儀の悪い食べ方も、一人であれば何の気もなく出来てしまう。柱時計は八時半。

洗い物を片付けてから風呂に入る。メリットの色をしたタイルは冷たく、お湯を流すにつれ徐々につるりと温む。檜の腰掛にかけて丹念に腕だの足だの耳の裏だのを洗う。薄荷の匂いのするシャボンはゆるゆると肌の上を流れては排水溝に消えていく。湯舟の中に浮かび上がる自分の体はどこか硬く作り物めいて見える。これはほんとうにほんものの人間の肌なのだろうか。

湯上りに紅茶を飲みながら本を読んでいたら蛍光灯がじぃじじじ、ぴぃんと鳴って切れた。まるで何かが割れるような音。途端に柱時計が十二時を打つ。

 

五月朔日が終わる。