風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

手紙「永遠の雪」

Mへ

大丈夫。目覚めた時に、きっとわたしはあなたの隣にいるから。安心して目を閉じればいい。

夜の闇の中で光を待つあなたの姿が見えるようです。遠い夜明けはもうその柔らかい光であなたを包んでいるかしら。

電子鴎が運ぶわたしたちの手紙も、大分間隔が開いてきましたね。雪林檎のジャムを作った日からもうかれこれ十年は経つでしょうか。あなたのこの手紙はいつ書かれたものなのかしら。三年前?それとも五年前くらい?

だとしたら、わたしのこの手紙が届くのはきっと十年後くらいのことになるのでしょうね。そのくらいにこの世界は広がってしまっているのですもの。

先日灰熊のユーシーが眠る森からはるばると雪原まで訪れてくれました。十年前、歩いてすぐのところにあった眠る森も、もはや私の住む家から丸一日かかる距離へと遠ざかってしまいました。ユーシーは森に住むように言ってくれるのだけれど、私はたとえひとりぼっちでも、やはり住み慣れたこの雪原のほうが落ち着くのです。

これからお土産にもらった雪茸と鹿の肉でシチュウを作ります。咀嚼と嚥下。私もそれを感じながら今夜は食事を頂くわ。きっと噛みしめるたびに自分の中の血液や骨や肉、内臓といった、私自身を形作るものの存在を痛いほど感じるのでしょうね。それはとても美しい感覚。

ここ一年ほど、私の住む雪原の雪は止むことをしりません。このまま止むことなく降り続くのであればいつか私はこの透明な白の中に沈むでしょう。私も、チョコレートも、靴もケープも、全て。それでも怖いという気持ちが起きないのは、私が最初から全てに絶望をしているせいなのかもしれません。あなたはわかるでしょう?絶望するというのは、決して救いようのない暗闇のようなものではないのだって。私の持つ絶望は極めて明るい場所にあるのですもの。

私の絶望はあなたにつながっています。触れることさえ、声を聞くことさえできないあなたに。現実のものなのかも、もう確かめる術もないあなたに。

それでも私の心はあなたの手のひらに。だから怖いことなんて、何もないのよ。

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