風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

手紙「冬」

親愛なるあなたへ 朝起きて、カーテンを開けたら雪が降っていました。庭は白いシーツを広げたように真っ白です。 空はまるで朝の光に照らされた鳩の羽のように淡い銀色で、雪は規則正しく一定の速度でその空から落ちてきます。地表に吸い込まれていくようなその雪の群れを触りたくて、私は窓を開けました。錆び付いた窓枠は、ぎじり、ぎぃぎぎぃ、と苦しそうな音を立てます。雪の匂いが流れてきます。 指先に落ちる淡い雪は、一瞬だけその完璧な結晶の形を見せてくれます。その形は私の頭の中に「宇宙の車輪」という言葉を思い起こさせました。でも「宇宙の車輪」がいったいなんなのか、なんて聞かないでくださいね。私にだってそんなことわからないのですから。そうして、瞬きをしたらそれはもう、ただのひとしずく。 頭からすっぽりと毛布に包まり、硬いベッドに膝立ちをして窓枠に両手をかけ、しばし落ちてくる雪の群れを眺めます。吐く息は蒸気機関車の煙のように盛大に白い。私の身体の内部は充分に温かいのだなと感じます。私の内臓や血液といったもの。この積もる雪の上に全て投げ出したらどのくらいの雪を溶かすのでしょうか。 いい加減鼻の頭も凍りつきそうになり、ベッドから降りてストーブに火を入れました。床だって氷のように冷たい。爪先立ちで歩きます。ケトルをストーブの上に置いて、靴下を履きます。残り糸を集めて編んだ靴下。あの「いかれたソックス」です。黄色、いろいろ色々キチガイ色。でもね、暖かいからいいんです。スリッパを履くくらいなら、ぶかぶかと暖かいいかれたソックスのほうが断然いい。 アルミ製のマグカップにインスタントコーヒーを淹れて、揺り椅子に座ります。私ね、きちんと淹れた珈琲も好きだけど、インスタントコーヒーのあの焦げたみたいな匂いがするぺらぺらした味も好き。 雪はますます落ちる速度を速めるみたい。もう向こうの林檎の木は見えなくなってしまいました。それでも吹雪と言ってしまうにはまだ優しい落ちかたです。レコードに針を落とすと、結晶化された音たちが床に落ちては砕けます。はじける光は淡く、美しい。 昔、あなたが珊瑚の木で作ってくれた本棚から一冊の本を取り出しました。「ぬりかさねたバターと闇」という本。ジャングルに住む料理人のレシピ本です。寒い冬を忘れたい時にはぴったりでしょう?頁を開くとむうっとした熱い森の匂いと甲高い鳥の声。極彩色の声。しばし熱帯雨林というものに思いを馳せます。それから鉄製のフライパンを温める音。ぱちぱちと跳ねる油の匂いや焦げたソーセージの匂い。鰐のステーキのよだれが出そうな匂い。私は鰐を食べたことは無いけれど、あんなに美しい生き物ですもの、きっと素敵な味がするでしょう。 レコードからの音楽と、頁から聴こえてくるジャングルの音。不協和音は鼓膜を鈍く静かに引っ掻くようですが、私は不意に階段から一段落ちるような、目眩のような不協和音が嫌いではないのです。 朝ご飯の代わりに、柔らかいキャラメルの挟まったチョコレイトを三つ、同時に口の中に放りこむとべろのふちが甘い刺激で痺れます(ここ最近私は食欲がないのです)。あなたの指をねじ込まれたみたいに。茶色く甘い塊を丹念に口の中で溶かして噛み砕き、飲み込みます。歯にくっついたキャラメルをべろの先でこそげ取って、熱いコーヒーを流し込むと、琥珀色にキャラメルの甘みがゆるりとほどけました。 朝の私はこのように暮らしています。あなたの朝はどうなのかしら。 またお手紙書きますね。それでは Rより