But not for me #1
私の隣にいたのはいつも彼だったけれど、私の眸に映っていたのはいつも違う人だった。
眸に映る影も、彼だったなら良かったのに。本心からそう思う。今更ながら切に願う。
そしてこうも言い換えられる。
私の隣にいたのはいつもあなたじゃなかった。私の眸に映っていたのはいつでもあなただったのに。
隣で触れ合う肩が、あなたのものであれば良かったのに。
今となっては、もう遅い。
いや、出会った時からすでに手遅れだったのだ。
「なあ、ほんと二次会無理?」
隣の席でリョウタロウが囁く。高砂脇のスポットライトの中では、カンノの幼馴染とやらが、彼らの子供時代の面白おかしいエピソード(なんでしょ?きっと)を酔っ払いのテンションと過度の緊張とでもって、声も裏返り気味にスピーチしている。
カンノはブルックスブラザーズの3ピース。光沢のあるブラウンのピンストライプ。ネクタイとチーフはシルバーグレー。胸元に花嫁のブーケとお揃いのコサージュ。
タキシードは死んでも着ねー、って、そういえば学生の時から言ってたっけね。じゃあ何着るのさ?って聞くと「紋つき袴」って答えて、みんなで「成人式のヤンキーじゃん」って笑った。
あの頃、その場にいる誰かが結婚するなんて想像もできなかった。あの頃の私たちのまわりには「今」しかなくて、未来なんてロレックスの腕時計くらい現実味がなかった。
そしてあれから9年、今の私たちにはきちんと未来への延長線が見えている。ロレックスだってその気になれば、現実に手に入る。
シャンパングラスに手を伸ばす。カンノの隣の、すなわち新婦は、バンビみたいな黒目がちのかわいい子で、ポンパドールにしてきちっとまとめた髪と、踝までのシンプルなウェディングドレス。式の時につけていたベールも肩までのショートベールで、ごてごてしたティアラなんかがついてないのがとても良かった。華奢な細い手には、雪柳と白い野薔薇で作った小ぶりのブーケ。
雪柳はカンノの好きな花だ。そして、私の好きな花でもある。
「おーい、トウコ聞いてんのー?」
リョウタロウに肩を叩かれて、我にかえる。幼馴染のスピーチはすでに終わっていて、しばしご歓談の時間らしい。リョウタロウも最後の方で親友代表としてスピーチの予定だ。親友。その重たい響き。好きじゃない。
「聞いてるよ。今日は無理。ユウコと約束してんもん」
リョウタロウが結婚式の夜に予定入れんなよー、と唇を尖らす。ごめんごめん、と謝ると、まあしかたねーよな、と笑って煙草に火をつけた。この人の、こういうところが好きだと思っていた。今でも好きなんだと思う。素直に感情を表すところ。鷹揚なところ。私に甘くて優しいところ。リョウタロウはまっすぐだ。でもそれが時々苦しい。
照明が一段暗くなった。スライドショーが始まるらしい。結構まともな結婚式なのね。きちんと段取り踏んでんじゃん。
私の心の声を見透かしたかのように、リョウタロウの隣に座ったイトウが言った。
「ジンってば結構まともに段取り踏んでんのな」
「案外マニュアル通りだね。意外」
髪の毛巻き巻きのセンバが答える。
「こおゆうのは嫁の意向もあるからね」
と、応じた後、なんとなく自分の言葉に棘が含まれていたような気がして、ワインを飲みごまかす。