風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

ロロ Ⅴ♯returned to the ground

すると、四方八方から黒煙のような分厚い雲が集まり始め、とたんに滝のような大雨が降りだした。乱れ落ちる稲妻。吹き荒ぶ風。『夜』の乗った熱気球は嵐の中を右往左往している。青いガラスの中でゆらゆらと蠢くレモン色とオレンジ色の炎は溶けたキャンディーのようにねじれ上がり、まるで蛇のようだ。籠の中では黒いナイフを振りかざし、悪魔のような形相で『夜』が何か叫んでいるのが見えた。ロロは喉が裂けるかと思うほどの力で声を振り絞る。

Like a diamond in the sky. Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!

その時、氷柱のような雷が『夜』のナイフめがけて落ちていくのが見えた。ばりん!と何かが割れる音。夜の闇に潜む禍々しい鳥の叫び声のような悲鳴。シャワーのような雨の隙間を縫って、熱気球が海のほうへと吸い込まれていく。ロロは目をつぶった(気持ちになった。だって実際問題目がどこにあるかなんて全くもってわからなかったんだから)。

「今のうちに、さあ、傘をたたんで!」

身体のどこからか、またボルの声が聞こえた。傘をたたむ?でもどうやって?自分の足がどこかもわからないってのに!

その時ロロは自分の体がまるでポスターのように空からべりべりと剥がされていくような感覚を覚えた。ものすごく大きな手。まんべんなく剥がされたロロは、傘を開いたときの逆回しのように高速で縮み始め、ぐるぐるぐるとねじれよじれ、巨大な掃除機に吸い込まれていくようにはるか地上へと引き込まれていった。りんどん、りんどん、大音声の鐘の音。そしてチクタクチクタク、時計のような音。魔法のランプの精がランプに吸い込まれていく時の気持ちって、こんな感じかもしれないわ。と、遠のく意識の中でロロはふと思った。夜の女王のアリアが消えていく意識の中で高らかに響く。

最初に感じたのは風だ。緑色の風。瞼を柔らかくなでていく、小川のような。そして、頬をくすぐるボルのごわごわとした毛並み。ああ、花の匂いとボルの乾いたオレンジ色の匂い。耳に心地よいヴァイオリンの旋律。カヴァレリア・ルスティカーナの…

カヴァレリア・ルスティカーナ?!

ロロはがばりと飛び起きた。コットンキャンディマン、ちかちかした彩りのジャグラーたち、ソーセージの匂い、退屈そうな鳩たちの気だるげな輪唱、そしてヴァイオリン弾きの美しい旋律。ここは、サンデーパーク!私、いったいどうしたっていうの?ロロは夜の天井から一転、飛行艇の上に腰かけていた。膝の上には食べかけのベジタブルサモサとラディッシュサラダ、冷たいレモネード。そして、賢いボル。

「ねえ、ボル。私たち戻ってきたのね!それとも、あれは夢?」

恐る恐るあたりを見渡す。何一つ変わらない、初夏の昼下がりがそこにはある。夜はどこへ行ってしまったのだろう。そして、そうだ!傘は?

ロロがベンチの方へと顔を向けると、きちんとそこにはやはり大きな蝙蝠傘がぽつん、と置かれている。紛れもない、『夜』の傘だ。ロロはボルの手を取ってこわごわと傘に近づいた。オニキス色の柄に手を伸ばす。

ロロ♯epilogue