風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

ロロ Ⅳ♯Singin' in the Rain

「あのう、歌を歌って雨が降るなら、足元の、ほらあっち、あのオーロラは何が原因で出ているの?」

ロロのはるか北の方向にある足元を見つめて『夜』はふん、と鼻を鳴らす。

「オーロラはワルキューレの鎧が煌めいているだけだ。やつらの行進は『夜』には関係ない」

「ねえ、それじゃあ朝は何?朝の傘もあるの?夜以外に降る雨は誰が降らしているの?」

「ああ、もう、うるさいガキだ」

『夜』はめんどくさそうに溜息をつく。灰色の枝のような手のひらをがくがくと振りながら、

「いいか?朝は天使の管轄なんだ。私が傘をたためば、天使たちが光を降らす。天使たちは星の数ほどいるから朝を治めるのは容易いもんだろうよ。ちょっとハープを鳴らせば虹が出る。シロフォンを叩けば雨が降る。ラッパを吹けば雷だ。ここだけの話だが、私はあの分別くさいちびどもが大嫌いなんだ。

もちろん、朝も夜も関係なく存在するものもいる。芽吹きの使者や氷の女王やなんかは好き勝手にやってるさ」

今度はロロがため息をつく。天使は私だってそんなに好きじゃない。みんな金髪くるくるパーマのババロアみたいな赤ん坊。そのくせ、いやに大人っぽいしたり顔。でもいつか映画館で見た、図書館にいる蝙蝠みたいなおじさんの天使たちはなかなかいかしてる。

それにしても、世界がそんなからくりだったなんて!ロロの驚きなんてお構いなしに、『夜』は言葉をつづけた。恐ろしい言葉を。

「ああ、そんなことよりも、お前は勝手に時間を進めてしまった。昼がいきなり夜になる。これはほんとうなら審判の門で裁かれるべき大罪だ。」

途端に、灰色の顔がすうっと透き通り、煙水晶のようになった。しなびた柿のような顔がガラスの彫刻のようにつるりと変わる。ロロは今はもう、どのあたりにあるかもわからない背筋がぞっと凍りつくような気持ちになった。審判の門?クリスチャンでもないのに?そんなのとんでもないわ!

「ちょっと待ってよ!もとはと言えばあんたが大事な大事な傘を置き忘れたからいけないんじゃない!」

「そうだ。だからそれがばれたらコトなんだよ、ちびちゃん。審判を恐れるのは何もお前だけじゃない」

いまや『夜』の顔は闇よりも暗い沼のような渦の中に沈み込んでいて、その表情すらわからない。こいつ、私を殺すつもりだわ。籠の中にきらり、と黒く光るものが見えた。あれは、ナイフ?

「私をどうする気よ!くそじじい!」

「どうするかなんて、聞かないほうがいいこともあるんだよ。それでも聞きたいなら教えてあげよう。闇で出来たこのナイフで」

と、『夜』は目が眩むような黒さのナイフを取り出した。光ではなく闇に眼が眩むというのは、全身に鳥肌がたつほどぞくりとする経験だ。そのあまりの暗さにロロは目眩がする。

「お前さんの雛鳥みたいな心臓を切り取っちまうんだ。するり、とね。そうしたらそこに私の素敵なゼンマイ仕掛けのブロンズ製の心臓をかちり、と嵌め込む。そうすりゃシンプルかつスムーズに我々は入れ替われるってわけだ。後に残るのは美しい、完璧な、夜。ああ、お前さんのちっちゃなハートは魔女にでもプレゼントするとしよう。さあ、早く!時の番人に気づかれる前に!」

と、いまや顔全体を黒い渦巻にして『夜』はナイフを振りかざし、ロロの胸元に向かう。全速力の熱気球。その時どこからかささやき声が聞こえた。

「ロロ、歌を歌うんだ!早く!」

あれは、そう、ボルの声!寡黙で聡明なロロの善き相棒。歌で嵐を呼ぼう。ロロは思い切り息を吸い込んで、あらん限りの声を振り絞って歌い始めた。

Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are! Up above the world so high,

Like a diamond in the …

ロロⅤ♯returned to the ground