風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

ロロ Ⅰ♯in the Sunday park

空は「ぱりん」と割れそうに青く、風は草花の緑の匂い。ポップコーンのかたまりのような雲が泳いでいる。ロロは夏の始まりが心底好きだ。

「ボル、こんな気持ちの良い朝には、きっと妖精だって薔薇の葉影から落っこちてきちゃうわ」

蜂蜜色のやわらかい頬を満足げにふくらませて、ロロはほほ笑む。ボルは北欧の海のような聡明さをその灰色の額に漂わせながら、ロロの肩にもたれかかっている。

海辺の近いこの街は、どこの街角にも、どの家の庭先にも潮の匂いが混じっている。塩はゆい香りの中、太陽の光に白く反射する砂混じりの道を二人はてくてくと歩いて行く。ロロは道端のオシロイバナをむしっては落とし、庭先の薔薇のはなびらをむしっては落とし、鼻歌交じりに歩く。彼女の歩く後にはピンクやら白やら赤やらの細長いステンドグラスのような道ができる。でもこれってほんとうはいけないこと。花にしてみれば「まったくもって冗談じゃない」ってとこ。ロロはちっとも気にはしていないけれど。

バージェス時計店の角を曲がって、ギンガバンクを通り過ぎると、サンデーパークに出る。毎日が日曜日をコンセプトにした素敵な公園。いつも派手な格好をした大道芸人や、アコーディオンやらヴァイオリンやらの演奏家たちが集まっている。噴水の周りにはポップコーンやコットンキャンディ、アイスクリームやいろいろな揚げ物なんかの屋台が立ち並ぶ。でも公園が毎日日曜日だったとしても、世界の人間の大半はせわしない日常を生きている。日曜になんて見向きもしない。大人たちは会社へ、子供たちは学校へ。そうして肝心の日曜日だって、疲れた大人たちはベッドの中、もっと疲れている子供たちはテレビの前。公園にいるのはいつもロロと時間から取り残されたような優しい老人たちばかり。それと少しばかりの犬たちと群れをなす鳩。そして草陰で息をひそめる猫たち。

ロロはサンデーパークに着くとまずコットンキャンディを一つとアイスクリーム(チョコミントアプリコットキャラメル)を買って、銀色のジャングルジムへ登る。ここはロロとボルの堅固な要塞であり、大海を行く潜水艇であり、宇宙船にもなる。ロロはいつもスパイになったつもりでてっぺんに座る。ある時はネモ船長に、またある時はアポロの船員に。

「ボル、あそこのおじいさんを見て!ほら、あの黒い帽子に黒いレインコート。黒い傘まで持ってる。こんなに良いお天気なのに!」

ロロはチョコミントを口の端っこにつけながら、ベンチに座っている煙水晶のようなおじいさんを指さしてボルに囁く。

「しっ!見ちゃだめ!気づかれちゃう。ねえ、あれはきっと……『夜』だわ」

ロロの中で不思議の世界がふくらんでいく。太陽の光の下、黒づくめの老人。片手に持った古い大きな黒い蝙蝠傘。

「そう、あれは『夜』だわ。きっと時間が来たらあの大きな黒い傘をひらくの。傘は竜巻みたいにものすごい勢いで大きくなって空を覆う黒い幕になるんだわ」

そう、時が来れば、老人はぎたりと月の光りのような笑みを浮かべてレインコートをマントのようにばさり、宇宙ゴマのように高速回転しながらその黒い傘を開く。老人の体も傘も黒い竜巻のように大きくうねりながら上昇し、やがて空を覆う黒い天蓋になるのだ。そうして、透き通るような黒い天蓋からぶら下がる無数の星。

ああ、きっとあの傘の中には月や星の欠片ががちゃがちゃとひしめき合っているのだろう。

ロロはもう矢も楯もたまらなくなってボルをぎゅうっと抱きしめた。あの傘の中にワンダーランドが待っているのかもしれない!

『夜』は噴水の周りをぐるりと回って、白と緑のひさしのあるジューススタンドへと歩き出す。

「ソーセージかしら。ミートパイかしら?『夜』とはいえお腹がすくのね。こっからじゃよく見えないわ。飛行艇に移動しましょう」

ジャングルジムを飛び降りて、飛行艇へと走る。飛行艇、とは四人乗りの、あの馬車みたいなブランコのこと。もちろん時と場合によっては、それこそ馬車にもなる。

四人乗りのブランコにオランウータンのぬいぐるみと息を潜めて腰かけているちびの女の子。忙しい大人や、勉強ばかりしている子どもたちから見たらすごく滑稽だけれど、サンデーパークの住人は気にも留めない。顔見知りのコットンキャンディマンなんかは、ああ、またロッキさんとこのちびが空想ごっこをしているぞ、なんて思っている。

ロロがまるでロシアンスパイのような視線を自分の背中に送っているとも知らず、『夜』は傘をベンチにたてかけ、ソーセージにかぶりつく。もう一方の手には湯気の立ったコーヒー。つられてロロもお腹が鳴る。

「ねえ、ボル。スパイだって腹ごしらえしなくちゃね」

そう囁いて、ミントグリーンのバッグからランチボックスを取り出した。