ロロ ♯prologue
ロロは女の子。あなたよりはずっと年下で、君よりはほんの少し年上。
玉蜀黍のひげみたいなクリームベージュ色のごわごわした髪を、いつもおさげに編んでいる。編み方はフィッシュボーン。「Fish bone」、すなわち「魚の骨」。そのネーミングがロロの気に入って、でもまだ自分では編めないから、いつもママに編んでもらう。この髪型って、ちょっとドロシーみたい、とロロは思っている。竜巻に乗って魔法の国に行けるなんてイカシテル。でも、私だったら絶対にyellow brick roadで帰ってくるなんて馬鹿な真似しないけどね。西の魔女より、東の魔女より、数段上手の魔女になってやるんだわ。
お姫様よりも、聞き分けの良い美しいヒロインよりも、強くて意地悪な魔女になりたいロロの一日はボルへのおはようのキスで始まる。ボルはオランウータンのぬいぐるみ。グレーの顔にブルービーズの目、わさわさしたきれいなオレンジの毛並み。ロロはいつもボルをおんぶして探検に出る。ボルが一緒なら、どくだみの匂いの満ちる鬱蒼とした裏庭も、陰険な目つきした太った黒猫がいるランプさんちのガレージも、どこだって勇気りんりん進んで行ける。
オレンジ色の美しい森の人は、ロロの友人であり、守護神でもある。
「おはよう、ボル!」
ロロはボルの右のほっぺたに一回、左のほっぺたに二回キスをして、ベッドからどすん!飛び降りる。
グリーンとピンクの縞々のカーテンを開けると窓の外はぴかぴかの青空。ロロは、さあ冒険だ!とわくわくしながらレモンイエローのタンクトップにリーバイスを穿いて、5月の誕生日に買ってもらったドロミテのトレッキングシューズをつかんで階段を駆け降りる。もちろんボルも一緒に。
ロロは毎日不思議の王国を探して冒険に出る。いつか森の奥に魔法の扉が現れるかもしれない。図書館の地下にある本棚の奥に、広場にある人魚の石像の足元に、校庭の片隅にある古びた温室の中に。いや、もしかしたら玄関に置いてある大きな鏡が?とにかく、ロロはいつか不思議の王国の入り口に出会うことを信じて、家を出る。
「ママ!今日のランチは?」
ロロは甲高い声でキッチンのママに問いかけた。リビングのブルーグレーの大きなソファに小さい体を埋もれさせながら、小さい蛇みたいな靴紐を結ぶ。
「ソーセージと卵のサンドウィッチにベジタブルサモサ。それとラディッシュのサラダに、デザートはアップルクランブル」
包丁のリズムのようにてきぱきとしたママの声が答える。
「素敵」
ロロはママお手製のアップルクランブルを愛している。シナモンがたっぷりと効いたスパイシーなアップルクランブル。
「でもその前にあなたは朝ごはんを食べるのよ。はらぺこの探検隊なんて、すぐにターザンにやられちゃうわ」
朝ごはんを胃袋に収めて、ママにフィッシュボーンを作ってもらって用意万端。ロロは一応玄関に置いてある鏡に、目を閉じて手をついてみる。もしかしたら、と毎回期待をするけれど、鏡がぐにゃぐにゃとやわらかく溶け出して、鏡の世界に入っていけるなんてことはまだ一度もない。でもいつかその時が来るかもしれないから、ロロは一日一回は必ず、鏡の前で目を閉じてイメージするのだ。銀色の鏡の中に、オレンジ色のボルと入っていく自分を。
だけど、今日はやはりその時ではないみたい。だったら今日も不思議の扉は外で探すしかないわ。
ミントグリーンの肩掛けバッグにランチボックスと冷たいレモネードをいれた魔法瓶を入れて、ボルを左手に抱えてロロは青空の下に繰り出す。
不思議の王国を目指して。