風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

夢の視野

灰色の空。暗く、渦を巻くように低く垂れこめている雲。落ちてくる雨。

雨の中、私はプールサイドに一人立っている。これは夢だと、頭の片隅に覚醒している自分がいる。夢の中の視野は現実のそれとは比較にならないほど広い。

プールサイドに立ちながら私は空と同じく不穏なダークグレイの水面を眺めている。また、灰色渦巻雲からゆっくりと落ちてくる無数の雨粒を一つ残らず見つめてもいる。校庭のさびれた朝礼台も、校舎裏の百葉箱も見えている。プールサイドに立つ自分自身も。

スライドのように広がる景色から夢だということを知る。

夢の世界は不安に満ちている。どんなに楽しい夢も、やさしい夢も、その世界にはひとしずくの不安が紛れ込んでいる。それは広すぎる視野から生じる歪みなのかもしれないし、他の何かのせいかもしれない。

美しくも楽しくもない灰色の夢の中、立ち尽くす。どうせ夢なのだからと、ざぶん、とプールに落ちてみる。髪の毛の間をすり抜けるやわらかく刺々しい冷たい水の感触。たっぷりとした水の重量感と相反する身体の浮遊感。生々しい感触に「ゆめではないのでは」と一瞬狼狽する。それでも水の中にも関わらず、私の視線は水の中から空の上まで多岐にわたり、やはりこれは夢だと安堵する。目の前にはゴムホースのような青色をしたプールの底と、黄色と白のライン。水中から薄曇りのガラス色したゼリーのような水面を見上げると、雨粒が作る無数の波紋。幾千もの水の輪。

ざぶり、と水面に顔を出すと、一面晴れ渡った青空に高速で流れ去る泡のような雲。さびしい校庭も消え去りそこは果てしなく続く草原へと変化している。流れ去る光と風の世界。びゅうびゅうという風の音。相変わらず降り続く雨。ダイヤモンドの雨。ビデオテープの早送りのように流れ去る雲とは裏腹に、雨の速度は止まっているかのように遅い。

このまま目覚めなくても、或いは、私はいいのかもしれない。かたつむりの速度で落ちてくるダイヤモンドの雨を数えながら永遠の時を過ごすのはそう悪くないような気がする。

地平線から大きな虹が出る。風も雲もすべてが光の速度で動く中、雨は切ないくらいにゆっくりと降りてくる。

後ろから誰かの声が聞こえる。

「それでも悲しい眼ばかりしていてはいけない」

空を見、虹を見、雨を見、自分自身をも見ている夢の視野が、その誰かだけは映してくれないことをもどかしく思う。

目覚めが近い。容赦ない朝の光と、暴力的な音のシャワー。一日の歯車が回りだした途端、夢はその手触りだけを残して立ち去る。