小景
-プールサイド-
夏の午後三時。仰向けにプールに浮かぶと太陽が肌を刺す。
輝く花粉のような日の光をふんだんに浴びながら、プールサイドに腰下したキュクロプスが真珠のような少女を見下ろしている。
逆光は一つ眼に青い翳を落し、愁いを含んだその青は深い湖のようだった。
連れ去って欲しいと懇願しても、モンスターの愁いは深まるばかり。
-授業-
「眠いのならば蓮の花の中にでも入っていればいい」
テーブルの上には洋墨がこぼれ、蝶々の形になっている。青い蝶。どうやらうたた寝した私の肘が当たったものらしい。
シガーを噛みながらプロフェッサーが呟く。午後の日差しを受けて硝子の灰皿がきらきらと光った。
「柘榴石は主に船首の灯として用いられ、中でもパイロープ-苦礬柘榴石-の炎の色は誘目性が高く、ノアの箱舟もこれを使用したものと思われる」
プロフェッサーの声は低く、天鵞絨のように滑らかで、深い湖の底で揺られている心地がする。
深く暗いところから、仄かに光る水面を見上げるようだ。だからすぐに眠たくなってしまう。頬杖をつくと前髪から雫が落ちた。きちんとタオルで乾かさなかったのだろう。
いつの間にか部屋の中には沢山の蜻蛉が飛び交っている。西日をうけて、金色に光りながら。
夕暮れは窓を閉めないと、世界が侵入してしまうとあれ程言ったのに。
「It was one of those warm, beautiful nights when everything seems carved of precious stones.
美しいと思わないか」
プロフェッサーはテーブルの青い蝶々を右手の人差し指で拭い取り、その指先で私の瞼を青く染めた。
洋燈の中で柘榴石が燃えている。夜だ。
-結晶-
Hadarは私を膝に乗せ、ゴブレットに降る雪の結晶を見せた。
硝子の底で結晶は一層透明になり、それはまるでゴーストのように揺らめく。
「ゴーストの声はチェンバロの音に似ていると思うわ」
同調するように膝を揺らす。
「私、貴方の肋骨から生まれてきたかったわ」
彼は深いため息をついてゴブレットの底に沈んだ。
-孔雀石とレコード-
紫陽花の葉は艶々と緑を滴らせ、春の庭はPrélude à L'après- midi d'un fauneの旋律で満ちている。
葉影から小さな声がする。
「あと千日、あと千日たったら海へ還るんだ」
「貝殻の母様、待っていてくれるだろうか」
孔雀石を薄く削いだような紫陽花の葉の下には、黄碧玉のような蝸牛が二匹。
-スモーク-
煙水晶の色をした蜘蛛は糸を吐き、糸は雲上へと垂れ下がる。
地上から天上へと垂れる蜘蛛の糸には幾千もの旋律がまとわりつき、紡ぎだすそれはいずれhalleluiahを奏でる。