小景
-浜辺-
白硝子で出来た浜の薔薇。ひとつひとつ踏みながら歩くと、日傘が一つ開いた。
白麻で出来た素っ気ない日傘は、水母のように蜃気楼の中を泳いでいる。右に左に、波打ち際を彷徨っている。
日傘の下の顔は、先年死んだHであった。
さくさくと鳴く砂の上を歩き、やあ、と声をかけた。
「お久しゅうございます」
振り向く白磁のような顔は紛れもなくHだった。日傘の翳の下で紺色に光って見える眸も、血の気の薄い唇も、どこからどこまで全くHであった。
「盆にはまだ早いようだが」
麻の日傘には不似合いな、黒地に水仙模様の振袖から覗く白い肘を眩しく見ながら問うと、薄く微笑みながらHは言った。そういえば彼女は冬に亡くなったのだった。水仙の花の咲く前に。
「わたしはね、死んですぐに鳶になりました。お寺のうえをぐるぐる飛んで回っていたら、猟師に撃たれて死にました。その次は天道虫。子供が潰して死にました。野百合になった時は村人に抓まれました。鼠の時が一番嫌でしたっけ。生涯鼠捕りなんぞ仕掛けまいと、固く誓ったもんです。ほとほと厭になったと思ったら、次はお宅の藤の花になりました。それでもあなた、まったく気がつかないもんだから、つまらなくなって浜辺に散歩に出たんですよ」
Hが日傘をくるりと回すと風が吹いた。全く気がつかなかったと謝ると、大概あなたはそんなもんでした、と笑われた。
もう藤の花にはもどらないのかと聞くと、無理でしょうねと目を細めた。では次は何になるのだと詰め寄った。Hは紺色の眸を一層海の色に光らせながら、それじゃああなたがわかるように、あなたの手に最初に触れたものになりましょう、と答えた。
気がつくと夜の浜辺に一人、座り込んでいた。立ちあがろうとついた左手の指先に触れたそれは、白い貝殻であった。
そっと頬にあてると、不意の涙がこぼれる。