風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅴ

あとは人から聞いた話だ。叫び声をあげながら祭りの広場に走りこんできた私はわけのわからないことをわめきたて、人魚の広場、エルンスト、セヴン・スノウ・ジャック、ナイフ、そればかり繰り返していたそうだ。まったく記憶に残っていないがね。シェリフがぶうぶう文句を言いながらも(きっと子どものいたずら、或いは神経症的な発作だと見られたんだろうな)人魚の広場にたどり着くと、そこには腹から血を流したエルンストの死体と、どうやって作ったと言うのだろう、巨大な雪の結晶が残されていた。

それからどうなったの?と僕らは聞く。

老・ストークスはもう半分寝惚けたかのような口調で残りの話をしてくれる。

遺留品、ということになるんだろう、あの雪の結晶は大きすぎて行き場がなく、また証拠と言うには抽象的過ぎるということで海に捨てられた。暫くは、自分も昔セヴン・スノウ・ジャックを見たことがある、という老人たちや、本当は俺がやった、なんて自首してくる偽物たちでにぎわったけれど、真相は未だにわからない。うやむやになって終わったよ。誰も論理だてて証明できないようなこととは係わり合いになりたくないからね。結局エルンストは事故死ということに片付けられた。どこの馬鹿が腹をナイフで刺されるような事故にあうって言うんだ?しかし死体を実際に見たのは私とシェリフたちだけだから、そこらへんはどうとでも書き換えられるってわけだ。仕立て屋はご存知のとおり今日も景気がいい。金で解決できることも世の中にはたくさん転がっているってことだよ、諸君。

しかしね、私はまだ誰にも言っていないことがあった。

あの日買ったシトロンジンジャージュースとオレンジドーナッツ。あの日以来、ずうっと凍ったままなんだ。勿論冷凍庫に入れているわけじゃない。紙袋に入ったままもう八十年以上も凍ったままだ。

あの日、私の意識が飛んでしまう前、セヴン・スノウ・ジャックの声が耳元に響いた。

「喋るなとは、言わない。ただし、見せるな」

と。

凍ったまま溶けないジュースとドーナッツ。これは彼が存在した証明に、なるだろう?違うかい?

見せてくれ?それは駄目だ。彼は「見せるな」と言った。見せたら最後、あいつはきっとやってくるだろう。時間の闇も越えて、伝説の枠を超えて。

エルンストの罪はなんだったのか、て?それは私にもわからない。しかし大概の人間は罪を持っているものだし、その中でセヴン・スノウ・ジャックの気に食わない罪を奴は運悪く背負っていたということだろう。

そう言って老・ストークスはベッドに潜り込み、僕ら少年どもは部屋をまったく唐突に追い出されるというわけだ。

老・ストークスはまるでハーブ味のヴィックス・ドロップスを座薬と間違えてケツの穴に入れちゃいそうなくらいに耄碌した爺さんだし、セヴン・スノウ・ジャックの話がどこまで本当かなんて僕らにはわからない。でも老・ストークスの屋敷には鍵穴に蝋を流し固めて誰も入れないようにしている部屋が一つだけある。その中に凍りついたジュースとドーナッツはひっそりと冷たく、その表面に白い霜をびっしりとつけて沈黙しているのかもしれない。

僕らにはそれだけで、十分だ。

ただ、もし、それでも君がこの話を真実かと問うならば、僕はこう答える。

「真実かどうかなんて、それってそんなに重要?瞼の裏に世界が広がったなら、それは君なりの真実だし、僕にとってもそうだ」

end