風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅲ

不意に、背中の後ろ、人魚の像の向こう側。私の座る位置から対面にあたる場所に人の気配が漂った。がちがちに凍る体を軋ませながらそろそろと振り向くと、そこには仕立て屋のエルンストが手持ち無沙汰に立っていた。ただ散歩に出てきたようにも見えるし、誰かと待ち合わせをしているようにも見える。エルンストはまだこの広場の異変に気がついていないようだった。それにしてもおかしいのは、気がついていないようではあるのに、エルンストの吐く息もまるで蒸気機関車の煙のように真っ白だったことだ。自分の口からあんなに盛大に白い煙のような息を吐き出していて、何も気づかないなんて?

エルンストの吐く息はまるでもう入道雲のように大きく盛大に白くなっているのに、彼自身はそんなことには気にも留めず、相も変わらずぼんやりと立ち尽くしている。

エルンストの白い息はどんどん激しくなり、そのうち彼を包み込むほどになり、まるで巨大なソフトクリームのように大きくなった。

(巨大な、蠕動するソフトクリーム。凍る空気に気づかないふとっちょの仕立て屋。震える少年の耳元にまでその息遣いは聴こえてきそうだ)

目蓋を閉じようとすればするほど私の目はむき出さんばかりに広がってしまう。振り向いた首を元に戻したいのに蝋で固めたように動かない。

私は私の視界の端っこに、空の水色をした柔らかな何かを認めた。マントだ。柔らかく夜風に翻るマント。その周りには信じられないことに白い雪が降っている!

アルビレオの星祭の前後というのは、お前たちも知ってのとおり、まるで空は鏡のように澄み渡り、そこには満天の星。それなのに私の頭上の空といえば星一つ見えず、月も姿を隠してまるで光の届かない洞窟の奥に潜む湖のような暗さだ。エルンストのやつはまだそのマントの男に気づいた気配もない。ただのソフトクリームマンに化している。滑らかに、滑るように軽やかな足取りで、マントの男は雪をまるで舞台照明のようにまといながら、ソフトクリームマン・エルンストに近づく。

星一つない暗闇に、銀色の光が一筋。まるで静かな稲妻のように閃いた。

強烈なフラッシュを浴びたように私の視界もホワイトアウトする。視力が戻った時には丁度エルンストのソフトクリームのような白い息の固まりは霧散するように消え、エルンストの太鼓のような丸い腹から銀色の刃をするりと抜きだすところだった。私はまるでちびりそうにぶるぶる震えたよ。がくがくと震える膝小僧がランタンにぶつかって、がらんごろん、と石畳を転がった。マントの男はゆっくりと私のほうに視線を向けた。