風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

2009-01-01から1年間の記事一覧

female side 2

着替えて店を出て、途中うっかり本屋に寄ってしまったのでプロントに入るともうバータイムになっていた。照明を落とした店内で、しかし彼女はすぐに見つかった。テーブルの上には空のカクテルグラスと生ビールのグラスが半分ほど減った状態で置かれていた。 …

female side 1

怒っている女の子って、ちょっと可愛い、なんて思ってしまう私は既におばさんなのだろうか。 水曜の午後三時。バイト先のカフェに冷蔵庫の中のチョコレートみたいに硬い表情の女の子がやって来た。 赤味がかった、ローズヒップティみたいな色のふわふわとし…

雪の如く記憶の降る(雪柳)

和室の縁側には夏の終わりには蝉の死骸が、秋には蜻蛉や蝙蝠の死骸が転がっていることが多かったので、臆病者の私はあまり足を踏み入れなかった。仏壇の置いてある小さな和室には着物の入った桐の箪笥と桜の小さな鏡台が置かれている。その仏壇には十七年前…

雪の如く記憶の降る(応接間)

Hさんの淹れてくれる珈琲は、一番おいしい。彼はいつも珈琲とキャビンの匂いがした。果物をむいてくれるのもいつもHさんだった。ペティナイフでするすると林檎や洋梨をむいてくれる。オレンジもカットして食べさせてくれる。甘栗をむいてくれる。それは朝の…

雪の如く記憶の降る(朝食)

濁ったワイン色の絨毯が敷き詰められた広い部屋は、ざらざらとした手触りの薄い鼠色に砂粒のような金色や銀色がまばらに散った壁。木製のダブルベッドが二つ、丁度同じサイズのベッドが置けるくらいの間隔でおかれていて、頭の方には渋い黄緑色のカーテンの…

雪の如く記憶の降る

カーテンを開けると、夜のうちか明け方に降ったのか、山は粉砂糖を振りかけたように真白くなっていた。空は分厚い雲を絨毯のように敷いていて、曇った蛍光灯のような色をしている。子供の足が冷たいので靴下を履かせた。 夫には珈琲を沸かして、子供には温め…

夢の中にいる。 学校の屋上で、空を見上げている。 鳶が空の低いところから、高いところまで、 目で数えられるだけでも二十羽以上。 ぐうるりぐるうりと輪を描き飛んでいる。 鳶が作るループはゆっくりたおやかに上昇し下降し。 モビールのように。スロウモ…

But not for me #6

コース最後のデザートはチョコレートとコーヒーのムースだった。上にバニラアイスクリームが乗っかっていて食べづらい。つるんとしたムースの上に危うげに載せられたアイスクリームはスプーンを入れるとすぐにつるりと皿に落ちた。 「食べづらいな」 と言う…

But not for me #5

手を伸ばせばすぐ触れられるところにあんたの喉仏があって、ちょっと背伸びでもしたら唇だって触れられる。そういう距離に、私たちは今いる。雪柳の、淡く緑がかった甘い白い匂い。水底のような夜の底。 そんな場所に私たちはいたのにね。 凶暴なフラッシュ…

But not for me #4

重たい扉を開けて、細い階段を上がって、切り取られたような黒い夜の下へと降り立つ。夏の始まりの、春の終わりの、あの匂い。雨あがりみたいな土の香り。 空は曇っていて、分厚い埃みたいな暗い灰色。雪柳の甘い匂いが漂う。ジッポの音がして、オイルの匂い…