風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

桐に鳳凰

日差しは柔らかな鶏卵の色になり、風が軽くなって、桐の花が咲いた。 子どもの頃、花札の桐は「霧」だと思っていた。どうしてこの絵柄で霧という名前なんだろうと思っていたのだった。庭のない家で育ったから、資子は樹木の名前に疎い。流れる霧は知っていて…

蟹と人魚

静かの海と呼ばれる湖の底には二匹の蟹が住んでおりました。二匹は射しこむ月の光をはさみで切っては丸めてそれを紡ぎ、きらきら美しい金色の糸玉を作っておりました。糸玉は人魚に売るのです。人魚はお金なんてもってはいませんが、難破した船から陸のもの…

小景

-浜辺- 白硝子で出来た浜の薔薇。ひとつひとつ踏みながら歩くと、日傘が一つ開いた。 白麻で出来た素っ気ない日傘は、水母のように蜃気楼の中を泳いでいる。右に左に、波打ち際を彷徨っている。 日傘の下の顔は、先年死んだHであった。 さくさくと鳴く砂の上…

小景

-プールサイド- 夏の午後三時。仰向けにプールに浮かぶと太陽が肌を刺す。 輝く花粉のような日の光をふんだんに浴びながら、プールサイドに腰下したキュクロプスが真珠のような少女を見下ろしている。 逆光は一つ眼に青い翳を落し、愁いを含んだその青は深い…

夜の庭

西瓜てのはね、割るものなのよ。 幼稚で、いやね。 夏の夜、縁側に腰掛けて足をぶらぶらさせながら西瓜を食べて。手のひらはべたべたでそれは顎のあたりまで辿り。下駄の鼻緒に蟻がいる。振り払おうと足を振ったら下駄が脱げた。庭の枇杷の木を見上げると、…

子供の領分

雨が降ると土の匂いは甘くて苦いです。春は雨が降るとその匂いが喉の奥まですんすんと入り込む。夏は瞼の裏まで満ちるよう。秋は唇の辺りで漂います。冬は背中のあたりでひたひたと。 馬鹿な子どもが多いから、私は春が大嫌い。 新しい教室の後ろで、窓際の…

侘助の白

侘助の花に託して 黙り込む 空と海 狭間の溶けて 消えるとき *** 侘助の白は清廉。香りも凛として美しい。新潟のW家の和室の、一輪挿しに灯るように咲いていた。 あの家の丁寧な暮らしは、「丁寧」を気負っていないから美しかった。 冬の和室は炬燵に入って…

小景

ファンニュのくれた生姜の砂糖漬けは喉の奥がきかきかするほど辛くって、こんな不味いものが好きだなんていつだか聞いた「スウェディッシュは食に頓着しない」というのは本当だったのだ、なんて思ったのだった。偏見だわね、と老女は笑うだろうが。 「こうい…

昨日の夢「塵の山、色紙、神様」

お葬式の帰り。車二手に分かれて帰る。 先に来たのは黒のサイドカー付きのハーレーで、ささっと母と誰かが乗り込んでしまった。 豪快な音を立てて走り去る。 白玉くらいの雨粒がゆっくりと降る空は灰色と黒で、木立ちはぺらぺらの紙のよう。 次に来たのは赤…

今見た夢

百貨店の靴屋で待ち合わせをしている。 まだerしか来ていない。erは片っ端から靴の試着をしている。 「私たちはみんな遅刻ばかりだったから」 そわそわする私を振り向いて言う。時間通りに来るわけないじゃん。 tから電話がかかってくる。 「みんなそろそろ…

月、星、祈り

背中に草のちくちくを感じながら寝転がっていると、ほんとうに自分というのは一人なんだなあ、と僕は感じていたのだった。 「冴えない顔してどうしたよ」 星くんが顔を覗き込む。きれいな白い顔だなあ。そりゃ人間もダイヤモンドだのなんだのと崇めるよね。 …

星、月、夜

コイビトと喧嘩をしてしまった星くんはまるで萎れたキャベツのようで。 僕は白い折り紙を折って、カモメを作った。 「星くん、ほら、君の好きなカモメ」 僕の両手から飛び立ったカモメは羽を広げて紺色の空をゆらりゆらりと、紙飛行機の速度で飛ぶ。星くんは…

夜と煙草

Hさんが煙草に火を点けると女子供達はたちまち非難轟々で、仕方なしに彼は庭に出るのだ。いつだって。あの頃私は目ばかり見張ってなかなか人と交わらないような子どもで、それでもHさんがラークに手を伸ばすやいなや、その半ば楽しげなブーイングには、参加…

4/6「Nの夢」

久しぶりに地震以外の夢を見る。 図書館のような病院。大きな吹き抜けがある。ドーナツ状の建物は上の階は明るい。ラウンジに夥しい数の本棚。 下の階は暗い。暗い階段。市役所の非常階段みたい。Tが言う。 「N、目ぇさめたんやって!」 TとJがいるのだけれ…

世界の端っこで僕たちは脇役 två

扉の向こうは冬の匂い。それでも淡く抗うようにどこからか金木犀が香る。まだ咲いてるのね。かわいそう。 パーカーのフードを深くかぶって猫背で歩く杉生くんは外国の子どもみたいでかわいい。アスファルトに黄色い葉が落ちていた。パイナップルみたいな形。…

世界の端っこで僕たちは脇役 ett

「パイナップルの樹を探してるんだよね」 と、緑色した猫は一声鳴いて消えた。 9:20、目が覚める。果たしてパイナップルというのは樹に生るものであったっけ。寝惚けた頭で考える。どうでもいい。歯を磨く。 僕の住む古いマンション(築46年)の洗面台は僕…

「W家の寝室」

二階の寝室は昼間でもどこか薄く暗い。塀沿いに植えられた背の高い庭の木のせいもあるけれど、新潟の空はどこかいつも薄暗い雰囲気がある。あくまでも記憶の中のイメージだけれど。 がらんと広い寝室の、二つ並べられた大きなベッドはそのまま私の空想の中で…

昨日の夢「読む日記」

武満徹について書かれたのらちんの日記をひたすら読んでいるという夢。 何故武満徹とのらちんなのか全くもってわからない。 「武満徹って迂闊に聞くと消えちゃうんだよ、全体像が。ヴィオロンとかに注意して!旋律が粉になって、点線になって消えていくから…

雪、タナトス、猫の足跡

昨日仙台に降った雪はばさばさとまるで乱雑な雪だった。東京生まれの私なのに雪が思い出深いというのはやはり新潟の記憶だろう。新潟の雪は水気を含んで重たい。今ここに降る雪はかさこそと粉っぽく軽く、記憶の中の雪の方がどちらかといえばタナトスの風情…

昨日の夢「rhythm」

屋外バーというところでウヰスキーを飲んでいるのだった。 焚き火がそこかしこに焚かれ、そこかしこでジプシーらしき男や女がギターを掻き鳴らし歌う。音の氾濫。 紺色の空にきっちりと縫い付けられたように、星が正確な位置で正確に光る。 指で星をなぞると…

怖い夢 261号室

これは去年見た夢。 261号室は呪われている、という電話が母からくる。 ここに引っ越してくる前に住んでいた、駒沢のマンションの部屋だという。 「やっぱりねえ、こないだ××がそこに泊まったら、猟銃をもった男の幽霊が出たんだって」 と、母が話しているの…

十二月朔日 kingyoku kohaku

「ママ」 「なあに?」 「ママ、だって」 「そりゃそうだよ、ママだもの」 「ねこちゃん、だっこする?」 「抱っこは無理だからいいこいいこしてあげなよ」 皓ちゃんはそろそろと私の近くまで寄ってきて、そろそろと小さな手を伸ばして猫の背中に触れた。 子…

十二月朔日 neko kodomo

師走の空は途端に冬の横顔をみせるのだ。葉を落とした木の枝が葉脈のように空に伸びる。干乾びた檻のようだ。 白く冷たい雲がその中でもがくように流れていく。 食欲がない。猫には缶詰を半分と、牛乳を用意する。自分の為には何もする気が起きず、縁側に座…

明け方の夢

夢の中で百日を過ごした。 私には現実だけれどあまりに突飛なので概要だけを記して、記録は他にとる。 まあ概要だけで充分突飛かもしれないけれど。 豪奢なホテル。まわりは海に囲まれる。ホテルの中には公園も森もある。ありとあらゆる人種、種族、生物が横…

カザリちゃん「素敵な日曜日」

マンションの9階のベランダから見下ろす風景はミニチュアのようで美しい、とカザリちゃんは思う。 箱庭。ゴジラくらい巨大化して全部踏み潰してみたい。 キャラメルの箱くらいのビルをエナメルのパンプスで踏み砕いたら、貝殻みたいな音がするかしら。 いや…

カザリちゃん「潮騒」

電車に乗って1時間。海の匂いがする道を歩いて20分。 その建物が見えてくると、カザリちゃんはいつも 「お豆腐みたい」 だと、思うのだった。白く、鋭角な形の、あれは絹ごし豆腐の形。木綿じゃなくて。 建物の名前は「しおさい荘」という。まるで民宿のよう…

カザリちゃん「津黄子さん」

どうしてこんなに愛しいのか。 津黄子さんはカザリちゃんと初めて出会ったときからずっと考えている。 あの子はまるで羽二重餅のようだったっけ。 カザリちゃんが生まれた月には、津黄子さんは日本にいなかったから、二人が初めて顔をあわせたのはカザリちゃ…

カザリちゃん「理科室とすもも」

カザリちゃんは理科室が好きだ。 班毎にわかれるあの黒くてつるりと硬い大きなテーブル。かたかたとすわり心地の悪い、背もたれのない小さな木の椅子。テーブルにいちいち水道がついてるのも素敵。ビーカーや試験管。上皿天秤はひどく脆そうな動き方をする。…

カザリちゃん「俯瞰の王国」

水たまりをのぞきこむと、空と雲としゃがみこむ自分のひざこぞうが見えた。 このなかはまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃんは思う。 見上げた空は水たまりに映るそれよりも鮮烈に青い。 あのむこうもまたちがうせかいなのかなあ、と、カザリちゃん…

カザリちゃん「遠足」

きゃあきゃあひらひら、と、女の子の声はいつだってフリルのように可愛らしく煩わしい。 秋の空の下、流れる川はゼリイをくずくずにしたような乱れた光が散らばって、目に痛い。枯葉の匂いはすんすんと鼻の奥に気持ちよい。こんな日に遠足だなんて馬鹿げてる…