風景喫茶

備忘録(風景喫茶より)

Scheherazade(お伽草紙)

夜の階段

夜の階段をおりていくと、夢が落ちていたので、ぼくはそのなかからひとつの夢を手にとって、また階段をのぼって部屋にもどってきました。 すると部屋の真ん中にはひとりのこぐまが座っていたのでした。 「こんばんは」 こぐまの目はまるでザリガニの目みたい…

音の匣

砕けてばらばらと散らばる硝子に反射して、月は何百にも割れた。 青白い街灯に背中を押されるようにして、歩く。砕け散った硝子を靴の先で蹴ると、月はちりぢりと夜の闇に消えた。 明るい夜で、風は生温かく春の小川のようにうなじをくすぐる。どこからか電…

終末の幽霊

夜の扉を開けたら、天井に吊るされた星たちがさわさわとさざめく。 冬の匂いと金木犀の金色とともに入り込んだ俺に向けられるバーテンの流し目。それは一瞬の、眼球の不随意運動に過ぎない。視線は俺の頬をつきぬけ、闇を漂う。 夜の底に沈む店内には滲むよ…

十月朔日 ito

金色の明朝体で、KOHAKU、と硝子に書かれたドアを開けると既に私以外の面々は揃っていて、綺麗にメイクアップされた横顔たちがぼんやりと薄暗い照明に浮き上がって見える。 「ヤマネ、こっち」 と、中村が声をかけるのにぎこちなく手を上げて答えた。 陽子が…

十月朔日 tegami

日暮春樹様 朝から栗の鬼皮をむいています。1kg半もあるので明け方から熱湯に浸したとはいえ手が負けそう。 どうして渋皮煮なんて面倒なものを作ろうと思ったのか。いつもはそういう手間を嫌うのに。秋だからかもしれません。裸足の足元はすうすうと冷たい水…

九月朔日 nanntennnomi

あっという間に時間が経ち、気がつけば夕暮れ。日の光に夏は残っているとはいっても、秋はじわじわと侵食してきていて、うっかりするとすぐに夕闇が落ちてくる。精算をすませて外に出ると、落ち葉のような匂いがした。 傾く日の光のなか、すとん、と気持ちが…

九月朔日 tatsumigeisya

六時丁度にぱちりと目が覚めた。何かいい夢を見ていたような気がするのだけれど、炭酸の泡のように淡い手触りだけ残して、なにも覚えていない。 猫はもう先に目覚めて階下に降り、座布団の上で毛づくろいをしていた。にに、と鳴いて耳の裏を私の踝にこすりつ…

八月朔日 hozumi 午後

レストランを出て旅館に戻る道の途中、遠雷が聞こえる。海と山の間に渦巻くような黒々とした分厚い雲が垂れ込め、どろどろどろどろ、と今にも、どかん、と落ちてきそうな危うげな唸り声が聞こえる。 岬の辺りで針金のような白い閃光が走った。 どろろろろん…

八月朔日 hozumi 午前

にゃぁぉお、にゃぁぉお、と繰り返す猫の鳴き声は段々にその音量を上げ、ついには飛沫をあげる波音に変わった。 耳の奥でシャボン玉がぱちん、とはじけるような感覚がして、目が覚めた。ざざざざん、ざざざざん、と、波の音が聴こえる。 いつもと違う天井。…

一粒の海

ホログラムの海は映像に過ぎないから、どこまでも潜ることが可能だ。波打ち際から浅瀬、段々と深まる海の青。触れることの出来ない海。泳ぐこともできない。海底に座って水面を見上げると記憶と記録に作られた水面が、太陽光がきらきらと無数の銀色の輪のよ…

Quetzalcoatlus

アオとミドリは美しい化石を見つけた。 それは空に残された翼竜の完璧な化石。 痕跡に最初に気がついたのはアオだった。アオは目がいい。勘も鋭い。音も反射的に捉える。 「あれはどうやら翼竜の翼の音みたいだ」 そう言って空を見上げる。ミドリは眼球にオ…

七月朔日 snail

べたりと重たく分厚い何かが皮膚をまんべんなく覆っているような不快感に目を覚ます。首の辺りがべたべたと汗をかいて冷たくなっている。寝巻き代わりのTシャツも、背中にぴとぴと張り付いて気持ちが悪い。シャワーを浴びに、階下におりた。時計はまだ六時を…

Polaroid sea

ユウビン、と、電子鴎が運んできた茶色い小包の中身は、錆びた金属の箱だった。 青と緑の錆びに覆われたその箱の中からは、微かに波の音が聴こえる。キイロは食卓のブランコに腰を下ろし、蓋を開けた。 中にはポラロイドが一枚。美しい青は、水面を写してい…

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅴ

あとは人から聞いた話だ。叫び声をあげながら祭りの広場に走りこんできた私はわけのわからないことをわめきたて、人魚の広場、エルンスト、セヴン・スノウ・ジャック、ナイフ、そればかり繰り返していたそうだ。まったく記憶に残っていないがね。シェリフが…

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅳ

最初は目隠しをしているのかと思った。水色の、赤い星が刺繍された綺麗なリボンで目隠しをしているのかと。しかしそれは良く見れば刺青だ。そうしてそんなイカレタ刺青をしたやつなんてこの世にアイツのほかいないじゃないか。 (老・ストークスは僕らをじろ…

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅲ

不意に、背中の後ろ、人魚の像の向こう側。私の座る位置から対面にあたる場所に人の気配が漂った。がちがちに凍る体を軋ませながらそろそろと振り向くと、そこには仕立て屋のエルンストが手持ち無沙汰に立っていた。ただ散歩に出てきたようにも見えるし、誰…

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅱ

昼間とは全く違う顔だ。取り込み忘れた洗濯物の白いタオルはなにかの葬列のように不穏だった。何度も後ろを振り返ったよ。すると今度は前の方からひそひそと足音がするようなんだ。でも誰もいない。前にも後ろにも、吸い込まれたらディクレッシェンドのよう…

Seven Snow Jack「老・ストークスの証言」Ⅰ

老・ストークスがセヴン・スノウ・ジャックを見たのは彼がまだ子どもの頃(燃えるような赤毛、磁器(ビスク)のような滑らかな肌、深く湖水に沈む底の底の深い青色した眸を持つ美しい少年だったのだよ、私はね。と老・ストークスは自慢げに語る)、十歳の誕…

六月朔日 urihari

じりりりりり、と目覚まし時計が鳴る。 こんな音は聴いたことがない、と寝惚ける頭で考えている。ああ、そういえば先週時計を替えたのだった。新しい耳慣れない耳障りな、音。 猫が騒音に抗議するように、にぃん、と不満げに鳴いて布団から飛び出た。テーブ…

banana defender

「りーくんね、ばなな、おいしくないって、いったんだよ」 「えー、そうなの?りーくんバナナ嫌いなんだ?」 「んん、ばなな、おいしーよね」 「おいしいよねえ」 「ばなな、おいしくないっていったら、ばなな、ないちゃうよねー。 ばなな、えんえん、て、か…

夜の迷路

夜の迷路で煙草をふかす。空には硝子細工の月の上に右手の形した雲がかかる。 夜空は透明な青を何層にも重ねたような不思議に暗く光る海のような深い青で、ひどくやりきれない気分にさせる。 ひと月前、三月ウサギの影をうっかり踏んでしまって、俺は夜の迷…

五月朔日 yubune

昨日の洗濯物にアイロンをあてる。明日の来客の為に水羊羹を作る。抹茶のものと、塩漬けの桜を入れたもの。洋菓子が似合う顔立ちのくせして、あの人は和菓子に目がない。いやいや洋菓子が似合うというのも嘘か。あの人に似合うのは、例えば、、 気がつけば五…

五月朔日 hirugemade

夢うつつの狭間で猫が鳴くのが聞こえる。なあぁおなああぁぉぉと寄せては返すように小さくなり大きくなり、そのうちに男の声が耳打ちするように響いたのだけれど、それはやはり夢だった。 床に落としたタオルケットを拾って布団の上に投げる。窓を開けると雨…

四月朔日 watanuki

猫に踏まれて目が覚める。空は姿勢良くはためく旗のように潔く晴れている。 私の顔を踏みつけた猫は知らん顔して布団の端っこにごろりと座り、悠然と股の間など舐めている。いやあねえ、お前には羞恥心がないものねえ、とせめてもの憎まれ口叩きながら服を着…

crocodiIe junkie・..-

世界中のありとあらゆる緑色の全てを飲み込み、深呼吸と共に吐き出したような、濃密な緑で形成されたジャングルの一角。ニコは目を閉じたまま何者かの気配を嗅ぎ取る。それはどこか不穏で、どこか懐かしく、いつもすぐ隣にあるようで、果てしなく遠いように…

crocodile junkie・..

地上に広がる全ての緑を濃縮して注ぎいれたようなジャングルの葉陰で、ニコはゆったりと寝そべる。口の中にいまだ残る鉄の匂いは酷く甘美だ。大きすぎる欠伸を一つ。 鼻の先にバナナイエローの羽をした蝶々がひらりと止まる。朝獲れの蝶以外を、ニコは食べな…

crocodile junkie・.

美しいものたちに寄り添いたい、というのは、ニコの中の漠然とした欲望を無理矢理言葉に押し込めてみたに過ぎない。真実は知らない。それはニコの脳みその中にしか存在しない。 空腹を満たすのはそれから数分、のち。分厚く冷たい舌の上に残る鱗粉を沼の水で…

crocodile junkie ・

世界中に散らばるありとあらゆる種類の緑色を全て集めてぎゅううと絞ったように濃く、深い、影まで緑に染まるかのようなジャングルだ。 ざくざくと零れ落ちそうな羊歯の葉の影には鰐が息を潜めている。 鰐の名前はニコ。誰が名づけたわけでもない。本当には…

中庭の夜と春

日当たりの良いベッドの上に座って洗濯物の山に突っ伏すと粉っぽい洗剤の清潔な匂いと、日の光の乾いて温かい匂いが鼻腔から喉の奥にまで広がる。 ベッドの高さから窓は大きく取られていて、そこからこのマンションの中庭が見下ろせる。中庭はコンクリートの…

ウサギとドライブ

海沿いの道を、さくちゃんは青い車に乗って走ります。 「屋根のない車はさ、潮の匂いのするやわらかい夏の風が満ちていてとても気持ちがいいね」 と、となりに座ったウサギがふんふんとベージュ色の鼻をうごめかしながら言いました。 カーラジオからはフィッ…